最期まで反面教師だった父「誰かの助けが必要だった」

── 今なら、何かできることがあったと思いますか。

 

町さん:当時はがんで身内を亡くした家族へのグリーフケアはまだ行われていませんでしたが、やっぱり第三者の支援が必要だったと思います。父の精神的なケアや母がいない喪失感と共に生きることへの対応は、家族だけでは難しかったです。「俺が一番悲しいんだ」と父が言ったとき、私は「悲しいのはお父さんだけじゃない」と返事をしてしまいました。本当は「そうだね」と言ってあげなければいけなかったんです。でも私もまだ20代でしたから…。父に家族以外の助けが必要だと気づけてあげられなかったのは悔やまれます。

 

私たちにとって父は最期まで反面教師で。父に反発してしまったのは、私が大人に対して完璧さを求めてしまっていたからかもしれません。父はことごとくそれを裏切ってきたので、私は大人が嫌いでしたし、「こんな大人になりたくない」と思っていたのですが、大人だって弱いところはあるし泣くこともある。それが人間だと父は教えてくれたと思っています。

 

もし、天国があったなら、きっとお母さんはお父さんに「なんでこんなに早く来たの?」と迷惑がっているんじゃないかなと妹と話しているんです。向こうで両親ふたり、仲良く暮らしていたらいいですね。

 

取材・文:内橋明日香 写真:町亞聖