「生まれる順番が違っていたら」進学を諦めた弟
── 弟さんはどんな進路を歩んだのですか。
町さん:弟は、高3の進路を決めるタイミングで、誰にも相談せず消防士になることを決めました。私には、「もう願書も出したし、試験に受かったら決まるから」という報告だけ。でも、あとから「本当は大学に行きたかった?」と聞いた際に「そりゃそうさ」と、ひとこと言ったんです。私もまだ社会人になっておらず、家計は厳しい状況が続いていました。妹の制服の支払いを「翌月まで待ってほしい」という話をしていたのを弟が聞いて、大学に行きたいとは言えないと進学を断念してくれたんです。
母が倒れるタイミングが違っていたら、生まれる順番が違っていたら、弟の進路も変わっていたかもしれません。弟はその後、勉強をして救急隊として救命の現場でも働いていました。やりがいを持って今も仕事を続けています。弟のように経済的な問題から将来の選択肢を制限されてしまうヤングケアラーは少なくありません。自分より家族のためという気持ちが大きくて、自分のことを後回しにしてしまうんです。
── 国の調査でも、ヤングケアラーが進路の選択肢を制限されるケースは多く、家族の世話をしている大学3年生に実施した調査では、半数以上が進学の際に苦労や影響があり、学費など経済的な不安を抱いている割合が多いそうです。ちなみに、妹さんはどうされたんですか。
町さん:妹には、学生時代に家のことや母の介護よりも、部活や友達関係を大切にしてほしいと伝えました。「私が学生の間は家のことは全部やるから。お母さんが車椅子で生活しているからって、自分のやりたいことを制限しなくていいからね」と。
というのも、私が働くようになったら、妹には絶対に家のことを手伝ってもらわなければならないことが分かっていたからです。「そのときは戦力になってほしい」とも伝えていました。私が就職したときは、まだ妹は高校2年生でした。ただ嬉しい誤算は、アナウンサーの仕事は30年前からフレックス制で、自分の担当番組が終われば帰宅することができたので、私も変わらずに家事をすることができたんです。妹とは食事作りを当番制で分担しましたし、弟もできることをして、きょうだいで支え合えたことは大きかったです。
妹はその後、福祉系の短大に行くのですが、介護の仕事ではなく一般企業に勤めました。私はそれで良かったと思っているんです。自分の経験を活かして介護や看護などケアの仕事を選択するヤングケアラーはたくさんいます。私も伝え手の生涯のテーマを医療と介護と決めていますし、もしアナウンサーになっていなかったら福祉の仕事をしようと思っていました。
ですが妹のように小さな頃から介護が日常だったヤングケアラーが、まったく違う業界に飛び込むという選択も大事だと考えています。ケアの経験にとらわれることなく、なりたい自分になってほしいからです。社会の中にいろいろなロールモデルが存在すれば、それが未来への希望になるかなと。無理に自分の体験を語る必要はありませんが、知ってもらうためには当事者の声が必要ですので、身近なところでヤングケアラーを知るきっかけを作ってくれたらと思います。