女子バレーボール代表のエースとして五輪に3回出場した実績を持つ、大林素子さんにとって、恵まれた182センチの身長は「ギフト」ではなく、幼稚園から続く「一生解けない呪い」のようなコンプレックスでした。いじめの悔しさを復讐に変えてつかんだ日の丸。それでも、どんなに賞賛されても拭えない「根本的な自信のなさ」とどう折り合いをつけてきたのか。弱みをムリに克服せず、武器として表に出すことで生き抜いてきた日々に迫ります。
幼稚園から始まったいじめ「高身長」は今も呪い
── 女子バレーボール代表としてオリンピックに3度出場し、日本代表のエースとして輝かしい実績を残した大林さん。その身長は、ご自身にとって「ギフト」だったと思いますか。
大林さん:ギフトだなんて、思ったことは一度もありません。むしろ最大のコンプレックスでした。バレーで実績を残せたから「大きくてよかったね」と言われますが、それは結果論であって、私にとっては後づけにすぎません。
── 意外です。今でもその感覚は変わらないのでしょうか。
大林さん:来年還暦となる今でも本音を言えば、身長が小柄だったほうが絶対によかったと思っています。「背が高くて羨ましい」「モデルみたい」と言ってくださる方もいますが、私にとっては自分を一生縛りつける「呪いの言葉」に近い感覚すらあります。
たとえこの先、何を得たとしても、身長だけは変えられないですから。もし身長がこれほど高くなかったら夢だったアイドルやミュージカルの世界を目指して、死ぬほどレッスンをして…と。今とは違う人生を、いまだに思い描いてしまうんです。
── そのコンプレックスは、いつ頃からあったのでしょう。
大林さん:幼稚園の頃から「ジャイアント素子」と呼ばれ、ずっといじめられてきました。歩けば「地震だ!」とからかわれ、後ろの席の男子から「前が見えない」と邪魔者扱いされ、言葉の刃にひどく傷つきました。少しでも目立たないようにと膝を曲げ、背中を丸めて過ごすうちに、性格も消極的になっていきました。小6のときには、身長は170センチありました。

── 小学4年生のときには、自ら命を絶つことまで考えてしまったそうですね。
大林さん:2度ほど命を絶とうとしました。アイドルに憧れていることを男子にバカにされ、化け物扱いされた。「もう消えてしまいたい」と、住んでいた11階建ての団地の屋上で靴を脱ぎました。「これでラクになるのかな」と思ったんです。
でも「私がいなくなっても、このつらさは誰にも届かない。そんなの悔しすぎる」と、踏み留まったんです。部屋へ戻り、これまでされたひどいことを紙に書き殴るうちに「悪いのはあっちなのに、どうして私が死ななきゃいけないの?」と、愚かな過ちを犯すことなく冷静になれました。