「右腕を切ってください」その言葉で人生を諦めた

伊藤真波さんの義手
作業用の特殊な義手を作り、看護の現場へ復帰

── 壮絶な痛みに耐えていた伊藤さんですが、最終的に右腕の切断を決意されます。それはいつ頃ですか?

 

伊藤さん:事故から2か月後のことです。傷口からの細菌感染が進み、敗血症の可能性がある深刻な状態でした。万が一、敗血症が進行してしまえば、臓器障害を引き起こす危険もあり、命にも関わります。痛みもずっと続いていて、食事は取れず、体力も気力も限界で…。そのとき、母に言われたんです。「切るなら、自分で先生に伝えなさい」って。

 

「腕だけは残したい」と半ば意固地になっていた一方で、敗血症の危険や、自分の体も心も限界に近づいていることも感じていました。それでも、どうしても決断できずに揺れていたとき、母が口火を切ってくれたのです。

 

バイクに乗り続けたことも、腕を残したいと言い続けたことも、全部自分で選んできたこと。だから「自分の責任でその先を決めなさい」と。

 

── その言葉を聞いて、どのような気持ちになったのでしょうか。

 

伊藤さん:学校で学んだ医療の知識があったため、自分が危険な状態にあることは十分に理解していました。ただ、「切ってしまったら全部終わる」という感覚があって。

 

まだ20歳なのに、仕事も、恋愛も、結婚も、全部なくなるんだと思いました。「腕を切ってください」というそのひと言が、どうしても言えませんでした。医師を前にしても、言葉が出ずに、何分も黙り続けるばかり。やっと言えたときは「諦めた」という感覚でした。

 

── 伊藤さんの決断に、お母さんはなんと?

 

伊藤さん:何も言いませんでした。ただ、手術をする朝、母が私のそばにきてくれて、「よく頑張ったね」って右手をさすりながら言ったんです。それを見たら、もう何も言えなくなってしまって。「五体満足に産んでもらったのに、ごめんなさい」と思うことしかできませんでした。このとき感じた申し訳なさは、今でも忘れられません。