「すがるものがほしかった」義手での復学を決意
── 手術後はどのように現実を受け入れていったのでしょうか。
伊藤さん:「片腕のない自分」をしばらくは受け入れることはできませんでした。洗面台の鏡を見るたびに自分の姿に耐えられなくなり、鏡を叩き割ったこともあります。お見舞いに来てくれた友人にも会えず、面会も断って「誰にも見られたくない」と、布団にくるまって過ごしました。
── そこから、どのように気持ちが変わっていったのですか?
伊藤さん:同じ病院に入院していた、同い年の女の子と仲良くなったんです。その子に「つらいよね。でも生きてるじゃん」と言われたことが変化のきっかけになりました。
その子は骨折の治療で入院していたので、正直、「五体満足だからそんなこと言えるんだ」と思いました。でも、その言葉がずっと頭から離れなくて。何もかもが終わったと諦めていた私でしたが、「たしかに生きている。じゃあこの先どうするんだろう」と、少しだけ前を向けた瞬間でした。
ちょうどそのころ、看護学校の先生が来て「学校に戻ってきませんか?」と声をかけてくれました。「義手を作れば復学できる。相当大変だと思うけど、あなたが逃げずに向き合うと決めたなら、私たちがサポートする」と言ってくれて。
腕を切った瞬間から、看護師になる夢は諦めていました。でも「このまま何もない状態でいるのが怖い」という気持ちがあって…。あのときは「戻りたい」というよりも「何かにすがらないと立っていられない」という感覚でした。「絶対に逃げない、弱音も吐かない」と、その申し出を受けることにしたんです。
── 義手をつけて学校に戻る決断は、大きな一歩だったと思います。当時、自身の姿とどのように向き合いましたか?
伊藤さん:作業用の特殊な義手をつけた私の姿は不恰好で、まるでピーターパンに登場するフック船長のようでした。ただ、当時の私には「看護師になること」だけが、希望の光であり、前を向けるただひとつの理由でした。「義手がないと先に進めない」と、少しずつ向き合えるようになっていきました。
あのときの選択が正しかったのかはわかりません。ただ、「正しいかどうか」ではなく、「立っていられるかどうか」で選んでいたのだと思います。
取材・文:佐藤有香 写真:伊藤真波