「この子を覚えていてほしい」。世界でわずか50症例、日本ではわずか7人しか確認されていない難病「9トリソミーモザイク」で生まれた娘の晴琉(はる)さん。数分おきの痰の吸引、水頭症、そして街中での心ない言葉。医師から絶望的な宣告を繰り返された母・小原麻依さんは、なぜ娘の顔を出し、発信を続けるのか。過酷なケアの合間に見つけた、眩しいほどの「家族の日常」。

妊娠検査では異常がなかったが…産後に感じた異変

小原麻依
小原さんの職場、通所施設のクリスマス会にて

── 小原さんが2011年10月に出産した娘の晴琉さんは、世界で50症例しかない「9トリソミーモザイク」という染色体異常を持って生まれてきたそうですね。出産当時の状況について伺わせてください。

 

小原さん:妊娠中の定期検診では異常が見つかりませんでしたが、生まれたばかりの娘の顔を見てすぐに異変を感じました。目が小さくて唇が裂け、呼吸が浅く、別の病院に即搬送されました。夫や家族は出産当日に医師から病気の説明があったようですが、私が病気についてちゃんと知ったのは産後1か月経った頃。私の心身に配慮して伏せていたようですが、私が何かの書類をたまたま見てしまって、晴琉の病名を知りました。

 

「やっぱりそうか…」という思いと、将来への不安が沸いてくるなか、助産師さんが「障害がある子は勇敢な子だ」といった内容の本を見せてくれて。それが後々も心の拠りどころになりました。