「残ったのはダンスだけ」消去法から始まった逆転劇

DAIKI
2026年2月、母校の和光大学でダンスパフォーマンスを見せるDAIKIさん

── 中学時代の恩師に憧れて抱いた夢が絶たれたことは、かなりのショックだったと思います。

 

DAIKIさん:しばらくは呆然としていましたが、「この先、自分に何ができる」と考え始めたときに、最後に残ったのが中学から続けてきたダンスでした。

 

僕は病気の影響で上半身の発達が人より早いのですが、だからこそ他人には難しいアクロバティックな技もできたんです。踊っているときだけは自由になれる。生きていくために、すがるような思いで選んだ道でした。

 

でも、未練はすごかったですよ。卒業後3年くらいは、ダンサーをしながら教師になる道をずっと探していましたから。そうしたらある日、教師として働かないかというオファーが来たんです。

 

── すごいですね!諦めなければ夢は叶うんですね。

 

DAIKIさん:はい。でも、そのときはお断りしました。すでにダンスの仕事が軌道にのり、ワークショップなどを通じて、僕が教師としてやりたかった「子どもたちに伝えること」が叶い始めていたんです。「今の自分の夢は教師ではない」と気づけて、後悔なく教師の夢を手放すことができました。