娘からの号泣電話。「仕事」を理由に現実から逃げていた
── 家庭のために44歳で働きに出ることを決意された西崎さんですが、パート勤務中に離婚を決断されたそうですね。
西崎さん:働き始めたら仕事が楽しくて、入社半年で売上も向上。ありがたいことに「店長になりませんか?」と声をかけていただきました。仕事が充実するほど帰宅は遅くなるばかり。夫と不仲な現実から目を背けていたんだと思います。
実は夫の退職前から長女の1年間の海外留学が決まっていて、娘のために留学費用を稼ぐことも働く励みになっていたのですが、ある日、留学中の娘から電話があったんです。娘は電話越しで号泣していました。
── いったい、なにがあったのですか?
西崎さん:友達の親御さんを通じて私の写真を見たら「ママが痩せている!」と驚いたようです。「ママ、ご飯食べてる?家に帰ってる?」と。私がお茶を濁していたら、「ママは帰ってこない、パパは引きこもっている。そんな家に中学生の弟がたったひとりでいると思ったら、青空のもとで留学生活を楽しんでいる自分が申し訳ない」って、大泣きしたんです。
そして、「もうパパはいらん。ママがちゃんと家にいてくれれば、弟はきっと落ち着くだろうから、そうしてほしい」と。娘はとにかく弟を心配していて、ひとりでつらい思いをさせて申し訳ないという思いがあったようです。娘にそんな思いをさせた自分が情けなかった。でも、その電話が、逃げていた現実と向き合う大事なきっかけになりました。
思えば、夫がリストラに遭うまでは、わが家は「たまり場」でした。ママ友から「ちょっと相談していい?」って言われて家で話を聞いたり、忙しいママ友の代わりにお子さんを預かって料理をふるまったり。家は心身ともにくつろげる場所だったんです。
でも、夫のリストラを境に、家に人を呼ぶことを避けるようになりました。無職になった夫が家にいる、その事実を誰にも知られたくなかった。変なプライドがあったんでしょう、「西崎さん、大変ね」とも思われたくなかったんです。でも、そのプライドが自分を孤独にしていたことを、娘からの電話で言い当てられた気がしました。
息子は当時、家の状況を察して家事を手伝い気遣ってくれていました。それなのに、私は「忙しいからごめんね」と逃げていた。家族がバラバラのこの状況はやっぱり変えなきゃいけない。そのためには、娘が言うように離婚するしかない、と決心しました。
元夫に離婚を申し入れたものの、なかなか離婚に応じようとせず一時は難航しました。でも、子どもたちの高校、大学のダブル受験の前になんとか新生活をスタートさせたかった。それを目標に頑張って準備を進め、どうにか実現できました。長女が高校2年生の冬に海外留学から帰国した後、私が46歳のときのことです。