「頼むぞ」父の最期のまなざしと経営素人の社長就任

── 2004年4月、父・保雄さんの緊急入院ですね。
諏訪さん:はい。父が倒れたと連絡があり、病院に急いで駆けつけると医師から「急性骨髄性白血病を発症して、余命はあと4日ほど」と。非情な宣告を受けて、頭が真っ白になりました。実は前年の9月、父は定期健診で初期の肺がんが見つかって手術が成功していたんです。「5年生存率は80%」と言われていたので、安心していた矢先のことでした。
入院4日目、リンパ節が腫れて声を出せないはずの父がうなっていました。渾身の力を振り絞って私を呼んでいるように感じて駆け寄ると、鋭いまなざしで私を見つめたんです。「頼むぞ」と訴えているような父の目を見て、思わず「会社は大丈夫だから!」と叫びました。それが最期の言葉になりました。
── 32歳、経営素人での社長就任。怖くはなかったですか?
諏訪さん:怖くて仕方がなかったです。負債の連帯保証人にもなるわけで、幼い息子の人生まで背負う重圧に泣きながら弁護士さんに相談しました。すると「失敗して取られて困る財産はあるの?事業が失敗したって命まで取られることはないから、やるだけやってみたら」と言われ、ふっと肩の荷がおりたんです。
さらに、社員さんたちが私を全力で支えると言ってくれた言葉が、父が創業したこの会社を守りたいという気持ちを後押ししてくれました。