「老害」なんて気にしない「化け物」としての言葉を放つ
── 志茂田さんは老いを楽しんでいるとおっしゃっていましたが、老いることで若い世代との間に隔たりが生まれ、「老害」という言葉が使われることも一般的にはあります。志茂田さんは若い世代との向き合い方をどうお考えですか?
志茂田さん:老害って、要は若い人に嫌われることでしょ?僕はSNSでも発信していますが、若い人に好かれようとはまったく思っていません。「お前のなれの果ての姿がこれだぞ」と、胸を張っていられる存在でいたいんです。若い人には無限の可能性があるけど、年寄りにだってまだまだ可能性があっていいと思うんですよ。若い人も年寄りも、生きてきた時代や年数が違うだけで、同じ人間じゃないですか。もちろん、他人に迷惑はかけないようにしますが、好かれようとか嫌われようとか、そんなことは考えていません。

──「なれの果て」という言葉に、志茂田さんの覚悟を感じます。
志茂田さん:関節リウマチを患って、要介護5の認定を受けて、それでも僕はまだ生き続け、発信しています。いくつものハンデを乗り越えてここにいる。年齢で語るのは好きではないけれど、86年も生きています。もう「化け物」の領域ですよね(笑)。これから体の調子が悪くなって、どん底を味わうこともあるかもしれない。でも、そのたびに這い上がる。化け物として何度も這い上がり続けたいと思います。嫌われるとか好かれるとか、そんな話ではなくて、化け物としての言葉を発信してやろうという気持ちです。
──「老害にならない方法」を模索する風潮とは真逆ですね。
志茂田さん:これまでどん底は何度も経験しましたが、案外悪くないですよ。あとは上がるだけですから。暗闇にいるからこそ、上にある光が見つけやすい。だから僕は、病も老いも、そのまま受け入れています。老害にならない方法なんて、そんなものはこれからも気にしません。
── 最後に、今後の目標を教えてください。
志茂田さん:90歳を迎えるまでに、長年取り組んできた長編小説を書き上げること。それが今の目標です。簡単ではないですが、小説を書くという夢があるから前に進める。この生きがいが、僕に力を与えてくれているんだと思います。カタツムリのようにゆっくりと、でも確実に書き続けていきたいと思っています。
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トイレに30分かかる。自力では一歩も動けない。 そんな過酷な現実を「新しいステージ」と呼び、世間の「老害批判」さえも「気にしない」と笑い飛ばす志茂田景樹さん。私たちは「老い」や「衰え」を恐れるあまり、誰かに好かれようとしたり、無難に生きようとしたりしてはいないでしょうか。志茂田さんの「化け物として這い上がる」という、なりふり構わぬ言葉に、あなたは何を感じましたか?
取材・文:大夏えい 写真:志茂田景樹