「お母さん、搬送できません」。心臓発作で倒れた永島祥子さんに、救急隊員が告げた非情な言葉。重度障がいの息子を預ける先がなければ、親は死にかけていても病院へ行けない。一歩間違えれば命を落としていた状況のなかで、周囲とつながりを持つ重要性と、親の健康という「家族のインフラ」を守るために必要な、社会の連帯を問い直します。

「あなたを病院へは運べません」救急車での宣告

── 重度脳性まひの息子・嶺(れい)くんのケアを24時間体制で担ってきた永島祥子さん。しかし2023年夏、自身の体が悲鳴を上げました。心臓発作を起こし、病院に搬送。入院を勧められるも、永島さんは自宅へ戻る道を選びました。

 

永島さん:わが家は重度の脳性まひがある長男・嶺と、会社員の夫、私の3人暮らしで、仕事で多忙な夫が大黒柱となり、私が専業主婦として24時間体制で嶺のケアをしてきました。

 

ずっと心臓の調子が悪い自覚症状はありました。でも、育児もありムリをしていたんです。最初に倒れたとき、緊急搬送されたのですが、周囲にも頼れる人はいません。なんとかして自宅に帰ったものの、4日後再び倒れてしまいました。

 

── 必死の思いで呼んだ救急車。しかし、駆けつけた救急隊員の言葉に、永島さんは耳を疑いました。

 

永島さん:嶺をひと目見て、隊員の方は言いました。「お母さん、この子はひとりでは留守番できませんよね? 今の状態では、お母さんを病院に搬送することはできません」と。もちろんこれは、救急隊員の人たちが冷たいわけではありません。でも、突きつけられたのは、「障がいのある子どもの預け先を見つけられなければ、親は自分の病気で入院することさえ許されない」という残酷な現実でした。

 

── 幸い、日頃から通っていた放課後デイサービスが緊急で引き受けてくれて、一命を取り留めた永島さん。診断名は「たこつぼ心筋症」。一時的に心臓の収縮力が低下し、数週間の安静を余儀なくされる病でした。

 

永島さん:もし、そのときに預け先が見つからなかったら…考えたくもありません。

 

永島祥子
入院時の永島さん