「頑張りすぎ」という言葉の裏にある、専門家との温度差

── 自作のグッズを手に病院を訪れた際、永島さんは思いがけない言葉をかけられたといいます。

 

永島さん:専門家の方からは「(お世話で忙しいのに)自分で作るなんて、頑張りすぎよ」と、言われました。私を心配しての言葉だったのでしょう。でも、グッズそのものを見せても、当時は誰も興味を示してくれませんでした。あまりにシンプルな作りだったから「こんなので役に立つの?」と、思われていたのかもしれません。

 

── 既存の福祉や医療が「様子見」するなかで、永島さんは「今、この瞬間にできること」を求めてミシンを回し続けました。

 

永島さん:「子ども一番近くで見ている親」は、早くリハビリをさせたいと考えています。1日もムダにできない焦りがあるんです。でも、身体障害者手帳がないと補助が出なくて…。さらには医師の意見書がないと装具が買えません。リハビリの開始が遅れると、子どもの成長のチャンスを逃してしまいます。

 

グッズは、つねに使いやすさを追求し、アップデートを重ねています。もし使いにくければ、困るのは私と嶺ですから。

絶望を、誰かのための「希望」へと書き換える

── 現在、永島さんは同じ境遇のママたちとチームを組み、オーダーメイドでの製作を続けています。「わが子を今すぐ何とかしてあげたい」という思いは、今は全国に広がり、1000人の家族の希望となっています。

 

永島さん:事務を1人、裁縫を3人のママにお願いしています。皆、離れた場所に住んでいますが、障がいのある子を育てる同志として繋がっています。みんな、わが子にリハビリを早く受けさせてあげたいのになかなか機会を得られない焦りを知っています。だからこそ、同じ思いを抱く親たちの力になりたいと願っているんです。

 

一緒に製作する仲間は全国にいるそう

── 嶺くんと歩んだ12年。障がいのある子の前に立ちはだかる課題に気づき、向き合った年月でもあります。

 

永島さん:嶺がいなかったら、私はリハビリを受けたくても受けられない子がいると、気づくこともありませんでした。グッズを届けることで、誰かの生活の心の支えになれたら。これまでの経験を少しずつでも社会に還元していくことが、私と嶺がこの道を歩んできた意味だと思っています。

 

 

「素人の手作りに何ができるのか」。そんな視線を浴びながらも、彼女を突き動かしたのは、わが子の強張った体を少しでも楽にしてあげたいという、母親としての愛情でした。

 

専門家が「様子見」を勧めるなか、置き去りにされてきた親たち。その隙間を一針ずつ縫い固めてきた彼女のグッズは、いまや一家庭の工夫を超え、福祉の現場に活用されるまでになりました。あなたは、周囲に「頑張りすぎ」と止められても、譲れないものを守り抜いたことがありますか?

 

取材・文:齋田多恵 写真:永島祥子