「生きている世界が違う」という、静かな絶望
── 生後9か月、追い打ちをかけるように「難治性ウェスト症候群」の診断が下ります。重いてんかんで、知的障害や発達の遅れを合併するそうですね。
永島さん:「脳性まひでも、いつかはおしゃべりができるはず。寝返りくらいは…」という最後のかすかな光さえ、消された気がしました。この先、この子がどう成長していくのか、出口の見えない暗闇に放り出されたようでした。
── 焦燥感から親子プール教室に通うも、すぐに断念したそうですね。
永島さん:周りの子は、定型発達の子ばかりで。会うたびにどんどん成長していくんです。対照的に、嶺は首も腰も据わらないままで。よくないことだとはわかっていても、どうしても他の子と比べてしまうんです。「あの子たちは、生きている世界が違うんだ」と。突きつけられた、残酷な現実に耐えられない日々でした。
終わりのない子育てと福祉制度が抱える「18歳の壁」
── 1歳を過ぎ、投薬によって発作が落ち着いたことで、嶺くんに笑顔が戻ったそうですね。療育の仲間たちとの出会いが、永島さんの心を少しずつ溶かしていったのでしょうか。
永島さん:障がいのある子を連れて外出するのは、それだけで大仕事です。夜もお世話が必要だから寝不足でフラフラ。その状態で大量の荷物を抱え、車いすを押し、療育に通っていました。でも、他のママたちは強くてたくましかったです。「私も泣いている場合じゃない」と、彼女たちの姿に救われ、「私も頑張らないと」と励みになりました。

── 現在、12歳になった嶺くん。特別支援学校に通う日々のなかで、永島さんは今、新たな「社会の壁」を見つめています。
永島さん:嶺はいつも笑顔。学校も大好きで、楽しそうな姿を見るとこちらまで元気をもらいます。ただ、この子の子育てに「卒業」はありません。夜中も数時間おきに起きて、床ずれを防ぐために体の向きを変えてあげる「体位変換」が必要です。嶺が大きくなっていく一方で、逆に私の体力は少しずつ落ちていきます。いつまでこの子の体を抱き上げられるだろうか…という不安は、つねに隣り合わせです。

── さらに、日本の福祉制度が抱える「18歳の壁」という現実があります。
永島さん:18歳になると、これまで通っていた学校や放課後デイサービスが利用できなくなります。障害を持つ子が、社会の中で居場所を失ってしまうわけです。私自身も、嶺がいなかったとしたら、この問題に気づくこともありませんでした。子どもを授かる前の私は、自分のことしか考えていない人間だったんです。それが守らなくてはいけない存在ができて、見える世界が大きく変わりました。
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赤ちゃんを抱き上げたとき、その体が棒のように突っ張っていたら。そして、その育児に「卒業」がないと知ったとき、あなたならどう現実を受け止めますか。
「自分のことしか考えていなかった」と語る永島さんが、夜通しの体位変換を12年こなし、18歳で支援が途切れる社会の矛盾に声を上げ始めるまで。その原動力は、単なる母性という言葉では片づけられない、凄まじい「執念」でした。その姿に触れて、あなたが今、当たり前だと思っている「日常」や「18歳の門出」の見え方は変わりましたか?
取材・文:齋田多恵 写真:永島祥子