27歳、加害者からの電話。「ごめんね」ではなく放たれた絶望のひと言

── ボスの気分で大島さん以外の子も、無視されることがあったそうですね。
大島さん:ボスの言葉は絶対だったので「今度はあの子を無視しよう」と言えば、みんな従いました。順番に無視されていったので、小学5年生になるころにはクラスのほとんどの子が一度は無視されていましたね。
── その後、いじめの連鎖は止まったのでしょうか?
大島さん:私が無視されているときに、自分がいじめられる覚悟で心配して声をかけてくれた女の子がいて。「大丈夫?」「私と喋ると無視されるよ」「そんなの関係ないよ」って。この言葉の影響も大きかったんだと思いますが、「こんないじめの連鎖、止めよう」って、勇気を出して周りに声をかけたんです。
まずはいじめられる人の気持ちをわかってもらうために、みんなでボスを無視したら、2日で彼女が泣いて謝ってきて…そこでおしまい。でも、いじめられた側の傷はそこからが長いんですよね。
── 大人になってから、当時の加害者と接する機会があったそうですね。
大島さん:27歳のころ、番組の企画でいじめの再現VTRが放送された後、当時のボスから電話がかかってきたんです。私は心のどこかで「あのときはごめんね」という言葉を期待していました。でも、彼女が放ったのは「ああいう放送は辞めてほしい。名前を出さなくても私ってわかるから」という言葉でした。
── 謝罪ではなく、自分の体裁だった。
大島さん:「あぁ、変わってないな」と。そこからもう関わってないです。周りから「そろそろ許してあげたら?」と言われたこともありますが、27歳のときにあの感じだと難しいですよね。
中学生のときに嫌がらせをしてきた男性にも芸人になってから会いましたが、相手は「あのころ楽しかったね」と笑ってたんです。私にとっては昨日のことのように鮮明で消えない傷なのに、相手にとっては面白い思い出。その温度差が何より苦しかったです。