「好きな食べ物はフォアグラです」。お坊ちゃまキャラで人気を博した子役時代の細山貴嶺さん。しかし、その華やかな笑顔の裏で、少年は「期待される自分」を必死に演じ続け、プレッシャーに震えていました。大人たちの視線、守らなければならないイメージ。背伸びを続けていた日々を経て、31歳になった彼が今だから語れる「子役という過酷な経験」が彼に与えたものとは。

生後2週間から子役としてテレビに出る日々

── 細山さんは生後2週間から子役としての活動を開始されていたそう。芸能界に入ったのはどんな経緯があったのでしょうか。

 

細山さん:母が軽い気持ちで芸能事務所に入れたようです。芸能事務所に入ると、プロのカメラマンさんに宣材写真や動画を撮ってもらえます。プロに成長記録を撮ってもらいたいと思ったそうです。

 

それに、成長するにつれ、僕が引っ込み思案な性格なのがわかってきて。芸能活動を通して、人前で話す練習をしてほしいと教育的な意図もあったらしいですね。母としては、習い事のひとつをさせている感覚だったんじゃないかと思います。母自身も若いころから少し芸能活動をしていたんです。もしかしたら少し未練はあったのかもしれません。

 

── 学校の友だちが遊んでいるときも、細山さんは仕事をしていたということですね。友だちと一緒に遊びたい気持ちはなかったのでしょうか? 

 

細山さん:あまりなくて…。子ども心に「自分はプロ」という意識は強かったです。母からは「テレビに出てお金をもらっている以上、あなたは職業人。周囲から期待されているだけの仕事はしないといけない」と言われていて。自分なりに「仕事なんだから、しっかり取り組むべき」と、考えていました。遊びたい気持ちよりも、責任を果たさなくては…といった意識は強かったです。

 

細山貴嶺
プロ意識が高かった子役時代

── 細山さんがブレイクしたのは小学生のとき。ちょっと生意気なお坊ちゃんキャラが印象的でした。

 

細山さん:先ほどもお話ししたとおり、実際の僕は人見知りで人前に出たくないタイプ。テレビでの姿とはまったくの別人でした。仕事では周囲に求められているキャラを演じている感覚は強かったです。

 

お坊ちゃんキャラの始まりは、あるオーディションからです。僕は小学校のとき、インターナショナルスクールに通っていました。ふだんは私服に着替えてオーディションを受けていたのですが、そのときは時間がなくて制服のままで。それが蝶ネクタイにサスペンダーと、僕が後にテレビに出演する際の衣装によく似た雰囲気。ディレクターさんから、「お坊ちゃんぽくておもしろいね」とウケて、そのオーディションに合格して以来、お坊ちゃんキャラとしてテレビに出演する機会が増えました。

 

── ご自身の本当の姿とは異なるお坊ちゃんキャラは、どのように確立したのでしょうか?

 

細山さん:最初のころは、母がいろんなアドバイスをしてくれたんです。「この番組では、こんなスタンスで行ったらいいんじゃない?」などと言われ、忠実に守ることもありました。

 

自分でも「どうしたらお坊ちゃんらしさが出るか?」と研究していました。番組で「好きな食べ物は?」と聞かれたとき、「フォアグラです」などと答えることも。ちょっと高級な食材を好きと言えば、お坊ちゃんキャラが際立ちますよね。周囲から求められるキャラクターを真剣に追求していたんです。