「細山くん」として親しまれた人気子役時代、慶應義塾大学から外資金融「ゴールドマン・サックス」へ。エリート街道の絶頂にいた細山貴嶺さんは、なぜすべてを捨てたのか。転機は、愛猫が生死を彷徨った日。「知識がないことで愛猫に最善の治療を選択できない」ことを痛感した彼は、年収激減を覚悟で、動物医療を変える起業の道へ。エリートの看板を脱ぎ捨てた、31歳の覚悟に迫ります。

新卒の就活でゴールドマン・サックスへ

── 細山さんは慶応義塾大学卒業後、世界有数の大手金融機関であるゴールドマン・サックスに就職されました。長年芸能活動をされていましたが、就職する道を選んだのはなぜでしょうか?

 

細山さん:人生のなかで、一度は自分がビジネスマンとしてどれくらい社会で通用するのか試してみたかったんです。就職活動を意識し始める大学3年生のころ、僕には将来の進路としてふたつの選択肢がありました。ひとつは芸能活動を続ける道。子どものころから子役として活動をしていて、大学時代も芸能事務所に所属していました。だから、そのまま頑張ってみようかと思ったこともあります。もうひとつは、就職して会社員として働く道でした。

 

日本だと就職活動をする際、ポテンシャルを評価される新卒時がいちばん有利とされています。いわゆる「新卒チケット」です。これを使わない手はないと考えたんですよね。まずは就職活動をしてみて、どんな会社があるのかを見てみよう、もし気になる会社から内定を得たら働いてみようと考えて、大学3年生の後半くらいから取り組んでいました。まずは大手企業に挑戦したところ、ゴールドマン・サックスの最終面接まで進み、内定をいただくことができました。

 

── ゴールドマン・サックスに内定が決まったときはどう思いましたか?

 

細山さん:ものすごくうれしかったです。最終面接が終わったあと、自宅で母と一緒に連絡を待ちました。すると採用担当者の方から電話があり「細山さんにオファーしたいです」と言われて。外資系だと「オファー」という言葉が内定の意味で使われます。

 

その際、会社側からは「内定式までに芸能事務所を辞めてほしい」という連絡がありました。だから芸能界か会社かどちらかしか選べない状況だったんです。なんとなく芸能事務所に籍は置いていたままだったので、少しだけ悩みはしました。でも大学卒業と同時に芸能界を引退することにしました。