闘病中に取り戻した家族との失われた時間
── 笠井さんが入院中も、外出されたお話をされていましたか?
茅原さん:普通にしていましたよ。「今日は映画を観てきた」と言っても、別に卑屈になる感じでもなかったし、映画の内容を話すと、「それは観るべき映画だね」「ここのシーンはどうだった?」といった会話もして。
あと、私たち夫婦は3人子どもがいますが、長男は社会人になってひとり暮らしを、次男は大学生で自宅にいましたが、三男は当時海外で高校生活を送っていて、笠井が入院した12月は冬休み、3月は春休みで帰国していました。私と子どもたち3人は、3人一緒にお見舞いに行かず、日を変えて個別に行くようにしました。その方がひとりひとりお父さんとゆっくり話せるし、今までそうした時間がなかったぶん、その時間を取り戻すかのようにいろいろな話ができたようです。
笠井が入院中に「大病すると、みんながやさしくなるね」と言ったときがありましたが、そうではないと。自分では気づいていなかったかもしれないけど、私たち家族は夫に何か言うと、「それは違う」といつも否定的な言葉で返されていました。でも、入院してから彼が素直になったので、私たちもこういうお父さんなら向き合えると思えたんです。変わったのは私たちではなくて、笠井自身なんだと伝えました。
途中からコロナ禍に入って面会制限されるようになったので、後半は週1回程度、病院に行って、病院に行かない日はスマホのビデオ通話で会話するようになりました。
── 入院中は季節に合わせてイベントもされたそうですね。
茅原さん:2月の節分には一緒にお見舞いに行ったスタッフも巻き込み、部屋で豆まきを。食事は食べられたので、3月のひな祭りにはちらし寿司を作って持っていきました。また、季節は関係ないですが、三男が卵焼きの作り方を義母に聞いて、ひとりで作って持っていったと聞きました。普段、そんなことをするような子ではなかったので驚きましたが、息子なりに思うことがあったのでしょうね。笠井はとても感動していました。