大学を卒業したら母と同じ専業主婦になるはずが

── 大学卒業後は雷親方と結婚されました。

 

垣添さん:私が日大相撲部に最初に入部した女子だったということもあって、卒業後も残ってほしいと言われたんです。でも、私は専業主婦だった母親の姿をずっと見てきていたので同じ道をたどりたい、たどるんだろうなと考えていました。

 

── 親方とはいつ出会ったのですか。

 

垣添さん:初めて会ったのは高校3年時に出場した国際大会です。当時、親方は学生相撲では有名で、相撲好きの母も大ファンでした。私が大学に入った後につき合うようになったんですが、親方は大学卒業後に角界入りして、私が大学4年生に進学するタイミングで関取に昇進。それがきっかけで結婚をすることになったんです。

 

── お母さんもさぞ喜ばれたでしょうね。

 

垣添さん:親方が私の両親に挨拶に行ったときのことです。そのとき、私は同席せず親方ひとりで挨拶に行ったのです。私は世間一般の方が挨拶にいくように「娘さんをいただいてもいいですか?」と言ったと思っていたんです。でも親方は両親に結婚のお願いではなく、結婚はすでに前提としたうえで「一緒に住みました」「もう住むところも決めます」と言ったようで(笑)。両親からするとすごく唐突に感じたようで、母からすぐに電話がかかってきて、「どういうことなの?」と驚いていました。

 

── 2007年2月に結婚し、親方は2012年に現役引退を表明されました。藤島部屋の部屋付き親方となり、その後、部屋を転籍。2023年に入間川部屋を継承して名称を雷部屋に改めました。

 

垣添さん:以前から親方は自分の部屋を持ちたいとよく話をしていたんです。そもそも新しく相撲部屋を持つには、横綱・大関経験者か三役通算25場所以上、または幕内通算60場所以上のいずれかの条件を満たさないと協会からの承認が得られません。現役力士時代に小結以上を務め、幕内在位20場所以上、十両以上在位通算30場所以上という条件をクリアしていたので引退した後は部屋付き親方として力士の指導に当たってきたんです。それが2023年に65歳の定年を迎える入間川親方から部屋を受け継ぐことになって。既存の部屋を継承する際の条件は満たしていたので「雷部屋」に名称変更して再出発したんです。

 

最初に親方から、部屋を継承することをどう思うかと相談されたとき、「私はおかみさんは絶対にやらないから、誰か探してきて」と伝えていたんです。我が子を育てるのも大変なのに、よそのお子さんを預かるなんて無理だと考えていて。

 

でも親方は入間川親方の部屋付き親方をしていた当時、毎朝3時半に自宅がある東京から2時間かけ、埼玉の部屋まで毎日通っていました。本当に自分の部屋を持ちたいんだなぁと、そんな姿を見ていたので、最後は私が折れた感じです。