「80歳で引退」を撤回した理由

── 瀬川さんの魅力である低音ボイスがまた聞けるのは嬉しいです。手術後、久しぶりに『命くれない』を歌ったときはどうでしたか。

 

瀬川さん:昔のように低い声がスーッと出て、感激しました。長い間、思うように歌えず申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、「もっと早く手術すればよかった」と思ったくらいです。夫は「やめてもいいんじゃない」と言ってくれていたんですが、私はやめるなら納得した歌を歌ってからにしたかった。今は高いところも低いところも問題なく出せます。先生にも「今やめるのはもったいない」と言われて、もう少し頑張ろうとボイスレッスンに力をいれているところです。

 

── 手術を経て、歌う楽しさや喜びも取り戻された感じでしょうか。

 

瀬川さん:すごくそう思います。これまで自分が苦手だと思って避けてきたジャンルの歌も、喉が元に戻ってから歌ってみたら「意外といけるかも」と思えて。周りの評判もありがたいことによくて、またこうして皆さんの前で歌を歌わせていただけることが本当に幸せです。

 

声が出なかった時期はずっと申し訳なさがありました。わかっていて黙っていてくださった方も多かったと思います。だから今、その時間を取り戻したい気持ちが強くて。もともと「80歳で引退」と考えていましたが、それを撤回して、5年伸ばすことにしたんです。

 

若いころは「80歳まで歌う」なんて、ずっと先の未来の話だと思っていたのに、気づけばもうすぐ。でも手術をして前よりラクに声が出るようになった今は、80歳で終わりではなく、まだまだやれそうだと感じられる。それがうれしいんです。

 

── この先も歌い続けるために、体とのつき合い方も変わってきたのでは?

 

瀬川さん:体との向き合い方も、60過ぎると、前と一緒じゃないんですよね。しかも初めてのことばかり。閃輝暗点(せんきあんてん)と言って、突然、目の前にチカチカした光が出て視界が遮られたり、坐骨神経痛など、ステージで立っているのがやっとの状態だったり。唾が出にくくなって薬を飲んだり。いろんな不調とつき合っています。

 

人生100年と言われる時代。いくつまでちゃんと歌えるのか。そのために何が必要かを考えるようになりました。体のこと、心のこと、周りとの関係、そして自分が本当にやりたいこと。今まではやらなかったようなことも1度は試してみて、合うか合わないかをその都度決めながら、自分の体とつき合っていくことが大事だと思っています。

 

取材・文:西尾英子 写真:瀬川瑛子