家族に支えられながら客室乗務員の夢叶え
── 在学中に就活もされたと伺いました。
金子さん:昔から客室乗務員になりたいという夢があったので、同級生と同じ時期に同じように就活をしました。エントリーシートや面接で結婚や子どもの有無について聞かれることはなかったので、就活中は、結婚や出産していることを自分から言うこともないかなと思っていました。入社してから人事の方に報告し、「勤務に支障はないですか」と確認されました。
── 職業柄、家に帰れない日もあったかと思います。どのように育児と両立していたのですか。
金子さん:1つ上の夫が先に就職していたのですが、ありがたいことに母が大学卒業後も近くにいてくれていて。子どもは日中、保育園に通っていましたが、私がいないときは母と夫が協力して子育てをしていました。今考えると本当に無謀といいますか、破天荒だったと思うのですが、夫も母と仲が良く、母も息子をとてもかわいがってくれていて。本当に家族に助けられました。

── 夢を諦めずに叶えたことで、どんな心境の変化がありましたか。
金子さん:結婚、出産、子育てを経験して、無事に大学を卒業できて就職できたというプロセスを経て働けていることへの達成感もありましたし、周りに支えられていることへのありがたみも感じていました。夫が転勤になったタイミングで退職したので働いていたのは2年弱でしたが、充実した日々でした。
── その後、7歳差でふたり目を出産されました。ひとり目の子育てとはどう違いましたか。
金子さん:ひとり目のときは同世代で子育てをしている友人はおらず、子育てで頼れるのは親だけだったので、若さゆえの経験がなさや未熟さがあって育児を大変だと感じていました。当時は今ほどSNSの情報もなく、育児書は読んでいましたが、育児に関しては母からの情報が主でした。
2人目を産んだときは年齢を重ねた経験から育児に対する心の余裕がまったく違っていたと思います。7歳差で2人目を産んでいるので、早くに子育てが終わるというわけではないのですが、いちばん手がかかる幼少期が過ぎているので、周りと違って30代、40代に比較的自分の時間があるように感じます。あとは金銭面の余裕が、育児の大変さを減らせるということにも気づきました。
学生時代は、親から援助を受けていたとはいえ、そこまで余裕がなかったので、便利な育児グッズやサービスを使うことは控えていました。ふたり目のときに電動タイプのバウンサーやベビーモニター、ミルク用の保温ポットなどを使ったのですが、そういったものをうまく利用すれば、こんなに育児の手間やストレスは減らせるんだと思いましたね。