「差し押さえ令状が出ています」

── 勉強熱心で評価もされたスタートですよね。そこから、どのように「差し押さえ」につながるのでしょうか。

 

西尾さん:就職先の経営が怪しくなり、ついには給料の遅配が始まりました。当時はすでに結婚していたから、妻も両親も「そんな会社、辞めたほうがいい」と猛反対。でも、僕は仕事に全力投球するあまり、状況が見えていなかったんだと思います。何より、自分が育てた部下たちがどんどん辞めていくのが悔しくてしかたがありません。僕は社員のひとりに過ぎませんでしたが、どうしても会社を建て直したかったんです。自分の父親、妻のご両親に頭を下げ、お金を借りてみんなの給料や事務所の家賃を補填していました。

 

でも、どんなに僕が必死になっても状況は悪化するいっぽうで。2019年11月のある朝、突然、黒いスーツの人が20人ほど事務所を訪れ、「差し押さえ令状が出ています。今日から営業できません」と言われました。税務職員だったわけです。社長は税金を滞納していて、もう連絡もつかない状態でした。

 

さすがに突然の営業停止は厳しいと訴えたところ、「本日中に240万円支払えば、1か月だけ延長できる」と言われました。ここまで会社を支えてきた自負もあるし、僕を信じて辞めずついてきてくれた社員を見捨てるわけにはいきません。自分があらたな会社を立ち上げ、それまでの会社をまるごと引き継ごうと思い立ったんです。そのため必死でお金をかき集め、登記などを勉強しました。

 

── そのときに立ち上げたのが「東京力車」を運営し、西尾さんが代表取締役を務める株式会社ライズアップなのですね。

 

西尾さん:会社を立ち上げたからといっても、人力車が差し押さえられて使えない状態でした。なんとかツテをたどり、東北の同業者から借りられることになりました。東北は冬に雪が降るから人力車を走らせることができないようでした。社員全員で必死に働いたおかげで、2020年2月にはなんとか売上げが立ち、みんなの給料は確保できる見通しが立ったんです。ところが翌月にコロナ禍でロックダウン。街から観光客が消えました。

 

お客さまがいらっしゃらない状況で、なんとかしようと編み出したのが、「オンライン人力車」です。人力車を誰も乗せずに走らせ、浅草の観光地を案内する様子を、SNSで無料でライブ配信しました。実際に人力車に乗って観光する様子が疑似体験できます。これが少しずつ話題になり、ファンの方が増えていきました。

 

「緊急事態宣言が終わったら、きっとお客さまが来てくださるに違いない」と信じ、あえて俥夫の求人も出したんです。周囲からは「コロナ禍で観光業の求人を出すなんて無謀だ」と言われました。でも、観光客がいないときだからこそ、そのぶん、社員の研修に力を入れられると考えたんです。この判断がコロナ明け、大きな力になりました。ありがたいことにマスコミにも取り上げていただく機会も増えました。注目されるようになったのは、ここ数年のことです。