観光は人生に「絶対必要でない」からこそ
── 激動の数年を駆け抜けてきたのですね。ここ5年で売上げは約10倍に増えたそうですが、なぜ「東京力車」はここまで支持されたと思いますか?
西尾さん:「人のために尽くすこと」という軸を徹底しているからだと思います。「浅草に観光旅行に来ているお客さまの目的はさまざま。主要な観光地を効率よく回りたい方もいれば、ディープな部分までじっくり味わいたい方もいて、ご当地スイーツを楽しみに来てくれる方もいる。それぞれのお客さまにご満足いただくためには、オーダーメイドのプランが必要です。人力車に乗車してもらう前のちょっとした会話から、お客さまが本当に求めるものを見抜いて、プランを作ってご提案するんです。

── お客さまに満足していただくことを第一にしているんですね。
西尾さん:昔の僕は「『経験』にお金を払うなんてバカバカしい」と思っていたんです。結婚する前、交際中の妻から「旅行に行きたい」と言われたときは、徹底してコスパを重視した旅行を組みました。夜行バスを利用して大阪まで行き、安価なビジネスホテルに宿泊。いま思えば激安旅行でしかなく、妻はよくつき合ってくれたなと…。
ところが、今度は妻がちょっと豪華な神戸旅行プランを立ててくれたんです。ひとりあたり約8万円ほどかかりました。最初は「旅行にそんなにお金をかけるなんて…」と思っていましたが、実際に行ってみたら最高に楽しかったんです。ホテルは素敵だったし、食事はおいしい。スタッフさんたちのおもてなしも心に残りました。新幹線の快適さも、そのときはじめて知りました。旅の楽しさに気づける大きな経験になりました。
そもそも、旅行や観光って人生のなかで絶対に必要なものではありません。コスパやタイパが重視される現代では、人力車は時間的には非効率でムダなものと思われる怖れだってあります。
でも、僕はそうした中にこそ、価値があり、人生を豊かなものにしてくれると考えています。人力車を利用してくださったお客さまに、「浅草観光でいちばん楽しかったのは、人力車だったなあ」と思ってもらえるよう、社員とともに全力投球しています。
取材・文/齋田多恵 写真提供/西尾竜太