心のケアの割合が思った以上に多かった
── 実際に働いてみて、介護の仕事のイメージは変わりましたか。
岩佐さん:最初に働いた特別養護老人ホームでは介護度が高い方がいらっしゃるので、排泄や入浴、食事、夜中の徘徊のケア全般を担当しました。でも、お世話そのものより、その方の過去や人柄を踏まえてお話を聞くのが大切だということは、実際に働いてみて初めてわかったことでした。何げない会話でも、話を聞いてもらえるだけで気持ちが落ち着く方もいらっしゃいますし、心のケアの割合が思った以上に多いことが意外でした。
それに、お話をうかがっていると勉強になることが多いです。おいしいお漬物の作り方とか、女性の方はお料理の豆知識やレシピを教えてくださることが多くて。あとは、ご自身の結婚や子育て、家庭のことなど、それぞれに話をされたいことがあるんですけど、みなさん口を揃えて「過ぎ去ったら一瞬だから」と言いますね。
── 岩佐さんが悩みを打ち明けることもあるんですか。
岩佐さん:結構、話しますよ。芸能界を引退してから結婚したのですが、夫のこととか、子どものことも。愚痴を話しても、利用者さんから「いい旦那さんじゃない。もっと感謝しなきゃダメよ」って言ってもらえると、「そうか!」という自分が思っていなかったような気づきになることが多いです。「こんなときはこうする」というような具体的な対処法ではなく、心のあり方を教えてくださるのは、やっぱり長年の人生経験があるからこそだと思いますね。
── 話をうかがっていると、お仕事中の穏やかなやり取りが想像できるのですが、実際に自分の親が高齢になって、生活のお世話が必要になってくると親子間で衝突してしまうケースをよく聞きます。親子であってもこうなってしまうのはなぜなんでしょう。
岩佐さん:身内だからこそだと思います。私は自分の両親の介護をするのは抵抗があるかもしれません。介護が必要ではなかったころを知っていますし、何か抵抗されたりしたら「こんなにやってあげているのに」という気持ちになってしまうと思います。あくまでお仕事としてであれば、何を言われても「そうだよね」「しかたないよね」というような気持ちで俯瞰して見ることができますし、そもそも、介護が必要な方というのは少なからず体や心に不調があるということが前提です。
たとえば認知症の方が来られたとして、私たちは症状が出たあとにお会いしているので、「これからどうしていけば、その方が過ごしやすいかな」と考えていきます。絶対に「なんで覚えていないの」とは思いません。家族となると「これまでできていたのに」という気持ちが先行してしまうのだと思います。
── かなり説得力があります。
岩佐さん:「自分は娘だから絶対に親のことをみる」と思っている方も、疲弊しすぎてしまう前に、プロにお願いするのはひとつの手だと思います。全部をお願いするのではなく、「ここは自分でできそう」とか、「ここはしんどいな」と思うところを具体的に分けて、部分的にお願いするのもいいと思います。
親子とはいえ離れる時間があると、どちらにとってもリフレッシュになりますし、私は今、デイサービスで働いているのですが、介護もいろんな形があるので、うまく利用していただけたらと思いますね。
── 介護疲れになってしまう前に、が肝心ですね。ちなみに、働いていて岩佐さんだと気づかれることもあるのでしょうか。
岩佐さん:60代後半くらいの利用者さんに、ひとりだけ声をかけられたことはあったんですけど、基本的に私が芸能界にいたことを知らない方が大半なので、気はラクなんです。昔はやっぱり常に誰かに見られているかもと気を張っていた部分はあって。言動も行動も気をつかっていたのですが、今は自分のままでいいし、ありのままの自分を受け入れてくれる方がたくさんいて。自分がしたことを感謝してもらえて、必要とされていることはすごくうれしいです。
それに、仕事中は1日のなかで何度も「ありがとう」と感謝されることが多いです。足元が危ないと思って手を差し伸べたときや「気をつけてくださいね」と声をかけたときには必ず「ありがとう」と声をかけていただけます。ファンの方からメッセージをいただいたり、握手会でお会いしたりする機会もありましたが、今は直接自分がしたことに対して感謝してもらえます。1日に何回ありがとうと言われるか、今度数えてみようかな(笑)。そのくらい、職員同士でもありがとうと言い合う機会がすごく多いんです。介護の仕事は、自然に感謝の言葉が生まれる優しい世界だと思っています。
取材・文/内橋明日香 写真提供/岩佐真悠子