ハスキーでソウルフルな歌声と、等身大の言葉がまっすぐ届く歌詞。ユーモア溢れるキャラクターや母としての温かいエピソードなど、人柄に惹かれている人も多い歌手のAIさん。最近、初の著書となる『ひとりじゃないから』を発売し、話題になっています。子どものころは側転しながら家に帰るような“野生児”で、とにかく勉強に悩まされた学生時代。LAの高校へと留学するも、退学の危機に陥ったこともあったそうです。
12歳でゴスペルを初披露したら褒められて
── イタリア系アメリカ人の祖母を持つAIさんは、アメリカ・ロサンゼルスに生まれ、幼少期は父の地元・鹿児島で過ごされたそうですね。どんなお子さんだったのでしょうか。

AIさん:とにかく、おてんばな子でしたね。学校から家まで、側転しながら帰ってました(笑)。背負っているランドセルのロックが外れてて、中身がブワッって飛び出したこともありましたね。「ハァ」ってため息をつきながら道端で拾い集めて…みたいな。まぁ、元気いっぱいでしたよ。木登りも得意でしたし。
── 今のAIさんのイメージから想像できるような…(笑)。そんなふうにのびのびと育った小学生のころから、歌うことは好きだったんですか?
AIさん:音楽は、小さいころから大好きでした。でも、どちらかというと、最初は歌よりもダンスだったんです。当時、実家がスポーツジムを経営していたんですよ。タップダンス、エアロビクス、ジャズダンス、ブレイクダンス、日本舞踊など、いろんなクラスがあって。それもあって、ロサンゼルスにいた2歳くらいから中学生くらいまでは、タップダンスにのめり込んでいました。

── ダンスに明け暮れるなか、12歳のときに初めて人前でゴスペルを披露されたとか。
AIさん:10歳のころ、ママと訪れたロサンゼルスの教会で聴いたゴスペルの感動がずっと頭にあって。実家のジムの主催で、チャリティーショー的な催し物を毎年やっていたのですが、そこでゴスペルを披露することになったんです。あとでママに聞いたのですが、私が「歌いたい」と言ったみたいで(笑)。いざ歌ったら、まわりにすごく褒めてもらえて、喜んでもらえて。それが、すごくうれしかったのを覚えています。
今思えば、その経験を経て、中学生のころから「歌いたい」という気持ちが、どんどん強くなっていったような気がします。