祖母を安心させるため48歳で急きょお見合い結婚
── そういったところに年齢が出るんですね。
erincoさん:そもそも母は、結婚願望もなかったそうなんです。母は九州出身で5人きょうだいだったのですが、母以外はみんな結婚して子どもがいたんです。だから祖母が倒れたときに、ひとり身の母のことをすごく心配していたそうなんですね。母は祖母を安心させたいがために、急きょお見合いをして父と結婚式を挙げ、祖母はそれを見届けて安心して天国に旅立ったそうなんです。両親が結婚したのがお互い48歳のときで、結婚したら子どもが欲しくなったんじゃないかと思うんです。自分のルーツについては、20歳のときに父に聞いて初めて知って衝撃を受けましたが、母は何も明かさずに亡くなってしまったので、いまとなっては推測ですけど…。母はずっと東京で働いてきて貯金をしていたはずなので、海外で体外受精すれば子どもができるかもしれないと知って、アメリカへ渡ったのかなと。
── ご両親は同じ年だったんですね。
erincoさん:でもさっき言ったように、母は20歳サバを読んでいたので、父とは年の差婚だとずっと思っていたんです。中学生のときに九州から叔母が遊びに来たとき、「そういえばおばちゃん、いま何歳なの?」とふと聞いたら60代だったんです。「え、うそ、お母さん40代なのに?」と言うと、叔母は母の妹だったので「私より上に決まってるよ」と。そこで母がお風呂に入ってるすきに、財布から保険証を取り出して見てみると「昭和18年生まれ」と書いてあって。父に「昭和18年生まれって何歳?」と聞いたら「69歳。父さんと同じだよ」って言われてびっくりしました。
そして母が亡くなった後で叔母から聞いたことですが、母は出産予定があることについて、家族の誰にも何も言わなかったそうなんです。産んでからいきなり赤ちゃんを連れてきたと。
家族にも明かさず進めていた出産計画
── 出産前は誰にも相談しなかったんですね。
erincoさん:叔母が言うには、50代で体外受精をして子どもを産むと言ったら、絶対に無理だと反対されることがわかっていたからじゃないか、ということでした。自分の意思で子どもを産むと決めて妊娠期間は家族の誰にも会わずにいて、出産後初めて「私の子なの」と連れてきたら明らかにミックス(ハーフ)っぽかったそうです。そこで初めて叔母たちは、母がアメリカで卵子提供を受けて体外受精をしたことを知ったということなので、意志の強さは相当ですよね。
── 無事に出産できたから里帰りしてお披露目するような感じだったのでしょうか。
erincoさん:というより、私を産んでから少しメンタルが落ち込んだようです。「子どもを育てられるのか不安がいっぱいでノイローゼっぽくなり、いったん九州に帰ってきた」という表現を叔母はしていました。でも、私が一緒に暮らした28年間、泣いた姿を見たことはないし、弱音を吐かない母だったので、私を産んだことでそこまでつらい思いをして追い詰められたと聞いて驚きました。その不安を私にはいっさい見せずに、出産の経緯について何も語らなかったのもすごいですし。