教授のひと言で「法学部へ行こう」と

── 声優の仕事をしながら見事、東京大学に合格されました。入学式には出席されたのですか。
佐々木さん:出席しました。入学式は日本武道館で行われたのですが、その2年前に日本武道館で開催されたアニメのイベントに出演していたので、不思議な気持ちでした。「2年前はあのステージで歌っていたんだなあ」と思って。
入学してすぐに「五月祭」という大学祭があって、クラスごとに屋台を出したり出し物をしたりするんです。私たちのクラスは牛串屋をしました。クラスみんなで団結して牛串を焼いたり、お客さんに配ったりして。楽しかったです。
── 同級生とも仲よくされていたのですね。
佐々木さん:もともと、卒業したら公表しようと思っていましたから、在学中は学生にも先生にも声優であることは言わなかったんです。学生のなかにはアニメやゲームが好きな方もいて、声優の佐々木望だとわかった方もいらっしゃいました。直接聞かれたら「そうです」と答えていましたけれど、みなさん、在学中は公表しないのだなと察してくださいました。
ふつうの学生のひとりとして、ふつうに勉強をして、大学生活を送りたかったので、ありがたかったです。勉強はなかなか大変でしたけど、楽しい思い出がたくさんできました。今もおつき合いをさせていただいている先生方、お友だちもいて、かけがえのない人との縁が生まれたこともありがたいです。
── 学部はどのように決められたのですか。
佐々木さん:1年生のときに受けた講義をきっかけに、法学部へ行くことを決めました。東大では「進振り(進学振り分け)」といって、大学2年生のときに3年生からの学部を決めます。2年生までの成績次第で自分が希望する学部へ進めるので、文学部か教養学部で英語や文学、演劇を学ぼうかな、建築も好きだから工学部建築学科もいいな、医学も学んでみたいな…と空想していました。
きっかけは、中里実先生(現在は東大法学部名誉教授)の講義を受講したことです。ローマ法が現代の法実務にも息づいているということなど、法学という学問のおもしろさや奥深さを俯瞰して教えてくださる、すばらしい講義で、毎週楽しみにしていました。最終回の講義のあとにご挨拶させていただいたら、「本郷で待っています」と先生がおっしゃったんです。感激して、「これは絶対に法学部に行かなければ」と、一瞬で法学部へ行くことを決めました。
その講義は、文科一類1年生の必修科目で、3名の先生が担当されているものです。先生のお顔ぶれは毎年変わるのですが、中里先生が講義を担当された年がたまたま私の入学年度で、3人の先生のうち私のいたクラスを担当されたのが中里先生でした。運命だと思いました。「行くしかない」って。
すでに一定程度の勉強をしてきた英語や演劇と違って、法学はまったく触れたことがありませんでした。いっそ何も知らない世界へ入っていくのもおもしろいな、と思ったんです。
── 法学部に進まれて、どうでしたか。
佐々木さん:法学部の講義は、最初は全然理解できませんでした。聞いたことのない言葉がたくさんで、日本語なのにわからないという。とにかくとっつきづらかったんです。でも、法学は一種の言語だと言われているんです。初めての言語って、最初はちんぷんかんぷんじゃないですか。だから最初はわからなくても当然なんですよね。
でも、当時はそのようにゆったり構えられずに焦りました。どうやって勉強すればいいかわからなくて、学習相談室へ相談に行ったり、OBの方の講演を聴きに行ったりしました。何歩も先を行っている同級生に勉強のしかたを聞いたり、試験前は一緒に勉強したりもしました。