大人になってから学ぶことのよさは
── 大人になってから大学へ行く醍醐味はどのようなことでしょうか。
佐々木さん:大人ならではの図々しさがあるところですかね。あまり物怖じしないで先生にご連絡したり、お話ししたりして、法学以外にもお話が弾んだり。先生方に積極的に話しかけるなんて、自分が20歳前後のころだったらできなかったと思います。それから、4年間を超えてじっくり学ぶことができたのも、大人ならではのよかった点になるかもしれません。ほかの学部で興味のある講義もたくさん受けられました。
教養学部のスペイン語作文の授業を履修したら、受講者が1人しかいなかったんです。ネイティブの先生に90分間、自分の作文を添削してもらえるというぜいたくな授業でした。ただ、毎週それだけの量の作文を書いていかないといけないので、その時期は空き時間にスペイン語のことばかり考えていました。
文学部では、アメリカ文学の翻訳者としても有名でいらっしゃる柴田元幸先生の翻訳の授業も楽しかったです。翻訳小説をずっと読んできたので、自分の翻訳を柴田先生に添削していただけるなんて、光栄でした。
私は休学期間を含めて7年かけて東大を卒業しました。東大という存分に勉強ができる環境で、できるだけ長く在籍したかったんです。勉強は大変でしたが、大学生でいられたあの7年間は豊かで幸せな時間でした。大人の方は仕事や家庭などでいろいろな制約も事情もありますけれど、もし興味があって状況が許すようなら、思いきって勉強環境に飛びこんでみることをお勧めしたいです。飛びこんではじめてわかる楽しさがあると思います。
興味のあることを勉強するのは楽しいですし、ふだんの生活と少し離れたところにパッションを向けられる対象があるのは幸せだなと思います。特に大人の勉強は、強いられてするものでもなくて自分の選択ですることなので、将来役に立つか立たないかという視点を少し緩めて、とりあえず始めてみるのもよいかなと思うんです。
いまやっていることが将来何につながるかは、いまの自分にはわからないものなんですよね。パッションがおもむくままに、自分が心地いい時間の使い方をすれば、それが自分の歴史になります。歴史を積み重ねていけば、関係ないように見えた点と点がつながる可能性があります。つながらない場合もありますけれど、楽しく時間を使えたのなら、それはそれでいいと思います。
── 佐々木さんご自身は、大学へ行っていちばん変わられたのはどういうところですか。
佐々木さん:自分でも気づいていないこともあるのでしょうが、ものごとの見方、言葉の使い方、解釈のしかた、論理の組み立て方は変化したように思います。人とのつき合い方も。
法学部で学んだ民法や刑法の知識よりも、もっと大切に思うのが、東大に行かなければ出会えなかった先生や友人たちに出会えたことです。人との出会いと、その人たちとの体験が、私の大学生活を本当に豊かにしてくれました。
この間、英語のナレーションの仕事をしたんです。仕事のために勉強してきたわけではないけれど、長く勉強してきた英語を仕事でも使えてうれしいです。これからも、英語にはずっと関わっていきたいですし、演技や朗読のスキルも高めていきたいです。
声優の仕事は体力勝負な面もありますから、いつも好調なコンディションでいたいです。50歳を過ぎてから、子どものころから憧れていたボクシングを始めました。「ちょっとでもやりたいのなら、とりあえずやろう」と思って始めました。
勉強を始めるのに年齢は関係ないと思うんです。人間、一生かけてもすべてを知ることはできないけど、勉強したらしたぶんだけ、それまでの自分とは違う自分になれます。やりたいことも、できるときにできる範囲で、なんでもやってみると楽しいんですよね。これからも、自分の可能性を決めずに、自由に動いていきたいです。
取材・文/林優子 写真提供/佐々木望・インスパイア