声優として『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助や『テニスの王子様』の亜久津仁など、これまで数多くの主要なキャラクターを演じてきた声優の佐々木望さん。声優として活躍中の40代後半のときに、東京大学を受験することを決意し、独学ながら1回目の受験で見事合格!関係者には非公表で通っていた大学生活についてお話を聞きました。(全2回中の2回)
予備校通わず独学「自分への負担は極力減らし」

── 声優としてご活躍中に声帯炎になり、ご自身で英語の文献や資料にあたって発声や演技の勉強をされたことをきっかけに、大学へ行こうと決意されました。東京大学を受験すると決めてから、どれくらい受験勉強をされたのですか。
佐々木さん:2年弱くらいです。大学で英語以外も学びたいと思って、東大文一(文科一類)を受験すると決めました。受験科目を調べたら、東大は受験科目が多いんですよね。センター試験(当時)は5教科7科目。そのなかには古文、漢文、日本史、地理など、ほとんど勉強したことがない科目もありましたけれど、知らないことを知るのは楽しかったです。「わからないことばっかりだ」と思いながら勉強するとしんどいですが、「そうなんだ、へえ~」と感心しながら勉強すると心地いいんです。
合格不合格は、自分の力というより、運命というか、何かおおいなる力が決めることだと思っていました。だから、「合格しなきゃ」みたいには考えないようにして、勉強自体に集中しました。
── さすがに予備校へは通われたのでしょうか?
佐々木さん:予備校には通っていません。仕事を優先していたので、毎週何曜日とか平日昼間とか、決まった日時に予備校に行けるようにスケジュールを押さえることはできなかったんです。ただ、ペースメーカーとして、予備校の模試や直前講習などは受けました。
勉強は仕事の空き時間や家に帰ってからしていました。まとまった時間があまりとれないので、ちょっとした合間でも勉強しやすいように考えました。たとえば、勉強したことがない科目の参考書を1ページ目からしっかり覚えようとすると、1日10ページくらいしか進まなくて、忙しくて間が空いてしまうと、次にやろうと思ったときには前に読んだところを忘れているんです。だから、まずは1冊、大急ぎで読み終えるようにしました。そうすると「1冊終えた」という達成感があって、気がラクになるんですよね。もちろん1回では頭に入らないですが、2回目は少し覚えているし、繰り返すほど記憶が定着していきます。全体を薄く塗って、何度も塗り重ねていくようなイメージです。
あとは勉強しようと思ったときに、すぐに取りかかれるような工夫をしました。せっかくやろうと思っても、「どこからだっけ」と迷っていると、やる気になっている数秒間が失われてしまうのでもったいないなと思って。だから、時間が空いたとしてもスムーズに再開できるように、「ここまでは終わってます。次は何ページから再開してください」などと自分から自分へのメッセージをメモしておくようにしました。未来の自分に手紙を書くようなイメージです。
受験勉強はある程度、長丁場になりますし、人間なので気がのらないときも、ほかに気を取られてしまうこともありますから、勉強できるときにラクに取りかかれる仕組みを作ってあげるのは大事です。自分への負荷をできるだけ減らしてあげると、続けやすいのかなと思います。
そのために、座りごこちのいい椅子とかお気に入りの万年筆とか、勉強に使うツールは気持ちが上がるものを揃えています。「このペンで書きたいから勉強しよう」と思えるんですよね。
最終的に自分が期待した結果に届かなくても、そこまでやってきたことが自分の人生や人格に影響を与えます。「自分の歴史をひとつ重ねたな」と思える。自己満足かもしれないけれど、それでもいいと思っています。満足できる環境や状況にいられることを、しあわせだと思います。
当時は受験どころではなかったけれど
── 合格発表の日は、どのような気持ちで迎えられましたか。
佐々木さん:それが…センター試験のあと二次試験までの間、プライベートな事情で、勉強がまったくできなかったんです。自分の人生には受験よりも大事なことがあると身を持って感じた期間でした。
東大の二次試験の願書は出していました。二次試験までの直前期の約40日間は、特に現役受験生がいちばん伸びるといわれる時期だそうですが、その期間に、ある事情から勉強どころではなくなってしまったんです。でも、側にいてくれた長年の友人が「試験を受けてほしい」と真剣に言ってくれたんですよね。その気持ちがありがたくて、受けるだけは受けようと思いました。試験中は、機械のように、無心で解答用紙を埋めていきました。
試験は集中して受けましたが、センター後の直前期に勉強に手がつかなかったので、不合格に決まっていると思っていました。勉強や受験よりも大切なことでいっぱいいっぱいでした。合格発表の日も東大のキャンパスまで掲示を見に行く気もなかったんです。でも、「いちおう確認しよう」とネットで合格発表を見たら、自分の番号があったんです。「何かの間違いでは」と慌ててキャンパスの掲示板を見に行ったら、やっぱり合格していたんです。
── 掲示板にご自分の番号を見つけたときのお気持ちは。
佐々木さん:着いたら夕方で、もう誰もいませんでした。合格が信じられなくて、母に電話をしたら、全然信じてくれなくて(笑)。家に帰ったら、東大から合格者向けの書類が書留で届いていて、「本当に合格したんだ」とやっと信じられました。「でもやっぱり間違いかも。取り消されないうちに早く手続きしよう」と思いました。
てっきり最低点で合格したと思っていたんですが、あとで送られてきた二次試験の得点開示を見たら、私の点数は文一合格者のなかの真ん中くらいでした。意外に得点できていたんだなと思いました。