5歳の娘が作ったみそ汁が落ち込む父を救った

── 千恵さんのブログに「本当はけがをしないか心配で、手と声を出したいのをグッと我慢していた」とあって、はなさんに対する想いが伝わってくるようでした。2008年7月11日に千恵さんが33歳で亡くなり、しばらく経ったある日、はなさんが安武さんのために包丁を取り出し、みそ汁を作ってくれたそうですね。

 

安武さん:妻が亡くなったあと、僕は何もできなくなったんです。「途方に暮れるってこういうことなんだ」と初めて思いました。お酒と精神安定剤を飲まないと眠れなくて。娘がいてくれなかったらどうなっていたかわかりません。毎日、朝起きて、娘を保育園に連れて行き、会社に行って、帰ってきたら晩ご飯を食べさせて。ご飯といってもカップ麺やレトルトカレーで、以前のように手間ひまをかけた料理を作る気力なんてなかったんです。5歳だった娘もさすがに僕の様子がおかしいと気づいていたと思います。「パパ、笑わんな」って。

 

千恵さんが4歳のはなさんに作ったかわいいおにぎり「勉強せんでもいいけん、ご飯だけは食べろ!」

そんな8月のある日、朝起きたらみそ汁ができていたんですよ。びっくりして「どうしたん?」と聞くと、「ママと約束していたから」と娘が言うんです。娘が作ってくれたそのみそ汁を飲んだとたん、僕はもう涙が止まらなくなって。それを見て娘は、毎晩、遺影の前でお酒を飲みながら泣いている、あの涙と違う、温かい涙だと感じたようです。

 

── はなさんが作った1杯のみそ汁が、お父さんに生きる力を与えたんですね。

 

安武さん:妻は、自分が亡くなった後のことを考えていたのかもしれません。僕がぼろぼろになることがわかっていたから、そのときはパパを頼むよって。娘に家族の再生を託したんじゃないかな。食って、栄養だけではなく、作り手の「あなたが大切」というメッセージも込められていると思うんです。本来なら、それは親から子への「無償の愛」。僕は、娘から無償の愛を受け取ったと思っていて。みそ汁を通して、娘からの「あなたが大切」というメッセージを受け取ったんです。それ以降は、「このままじゃいかん」と踏んばって、少しずつですが元の生活に戻れるように努めました。娘のみそ汁のおかげで自分を取り戻すことができた、そんな気がします。