「せめて今の舞台だけは…」医師に頼む母の声が遠くに聞こえ

── 卵巣腫瘍と聞いてどのようなお気持ちだったのですか?
市川さん:卵巣の病気とも、腫瘍があるとも想像していなかったので、何の言葉も出ませんでした。実はその日、松平健さん主演舞台の立ち稽古の初日で、稽古を途中で抜けて病院へ行ったんですね。自分のなかでは、医師から「大丈夫でした」という言葉を聞いてまたすぐ稽古に戻れるような気でいたので、青天の霹靂でした。
母とマネージャーが隣で聞いていたのですが、母が先生に「今日から舞台のお稽古が始まったばかりで、みなさんにご迷惑をおかけするわけにはいかないので、せめてこの公演だけやらせてもらって、手術はその後にはできないですか?」と聞いたら「ダメです」と。「腫瘍が悪性であればがんなので、早急に手術を要する状況です」と言われて。
私のなかでは「いろんな方に迷惑かけちゃう、どうしよう、どうしたらいいんだろう」ということだけが頭のなかを回っていました。よく「目の前が真っ暗になる」と言いますけど、その表現がまさにぴったりで。ドラマのワンシーンのように、周りの声が遠くなって意識ここにあらずといった状態になってしまいました。
── そこからすぐに入院となったのですか?
市川さん:大学病院を紹介してもらって手術の手続きをし、手術日が1か月後に決まりました。その間、自分では体調は悪くないと思っているのですが、腫瘍が悪性か良性かわからず、仕事もできない状況だったので、なんともやりきれない気持ちで過ごしました。まずは舞台に穴を開けてしまうので、座長の松平健さんはじめキャストのみなさん、演出家や制作のみなさんにお詫びの手紙を書きました。
── 卵巣腫瘍について周囲の方に相談などされましたか?
市川さん:特に相談などはしませんでしたが、検査を受けるように勧めてくれた由紀さおりさんにはもちろん報告しました。「とにかく早く見つかってよかった。前向きにとらえて、今はもう気持ちを強く持って病と戦うしかないよ」と励ましてくださいました。
ほかの歌手の方とご一緒するようなイベントを降板するにあたって、藤あや子さんや坂本冬美さんに連絡した際には、「セカンドオピニオンは大丈夫なの?」といった心配をいただきました。それで手術をしていただく予定の病院や先生のことをお知らせしたら、偶然にも藤あや子さん(2024年春に子宮体がん治療で子宮と卵巣を全摘出)の手術を執刀された先生だったんです。「その先生ならきっと大丈夫だから安心してね」と言っていただき、ホッとしました。治療中は差し入れなどもいただきましたし、先輩方の応援はすごくありがたかったです。