「生きることをあきらめた目」をした子を支えるということ

── 一般社団法人コンパスナビでは、さまざまな事情を抱えた若者たちを支援されています。特に印象に残っている出来事はありますか?

 

ブローハン聡さん:印象に残っている子はたくさんいます。たとえば、児童養護施設で生活していた子どもたちの中には、一定の期間を経て家庭に戻されるケースがあります。もちろん、すべての家庭が虐待を繰り返すわけではありませんが、家庭復帰が必ずしも「安全な場所への帰還」になっていないこともあります。

 

実際に、僕たちが出会った子のひとりは、虐待から保護されて児童養護施設で生活していたのですが、「家族の関係修復」の目的で家庭に戻されました。しかし、そこで再び深刻な虐待を受けてしまったのです。

 

一般社団法人コンパスナビのメンバー
一般社団法人コンパスナビのメンバーたちと

僕たちのもとにその子が訪れたときはまだ未成年でしたが、明日を生きることをあきらめたような瞳をしていました。声も小さく、まるで消えてしまいそうで…。それでも、僕たちはそばにいようと決めました。数年にわたって、生活の基盤を整えるための経済的支援はもちろん、一緒に行政窓口に行ったり、夜中に不安になったときにはLINEでやり取りしたり。可能な限りの手を尽くして、少しずつ日常を取り戻すお手伝いをしてきました。今、その子はようやく過去の環境から距離を置き、自分自身の人生を歩き始めています。

 

── 自分の意思で、未来に向かい始めたのですね。

 

ブローハン聡さん:はい!その子は確かに、自分の力で未来に歩み始めました。でも、僕たちが関わる子たちの中には、悲しいことに、生きることを選ばなかった子もいます。やっと法律上は自立できる年齢になって、ようやく家族と距離を置けたはずなのに。虐待の傷は、離れた瞬間に消えるものではありません。

 

むしろ、安全な環境や信頼できる人との出会いをきっかけに、ようやく「自分の人生を取りもどそう」とリスタートをします。凍りついていた感情が少しずつ溶け始め、感情を麻痺させていた心が、過去の痛みをじわじわと思い出し、その苦しさに飲み込まれ苛まれ蝕まれていくこともあるんです。虐待を受けて育った子たちは、「普通」に生きる経験が子どものころからそもそもなかった。

 

でも、社会に出た瞬間、彼らはいきなり「普通の大人」「普通の人」として生きることが求められます。けれど、その“普通”を、ゆっくり経験したことなんてなかった。当たり前にできると思われることが、当たり前にできない。本人たちは、そのギャップに戸惑って、苦しくなって、自分がわからなくなってしまうのです。

 

過去の傷を今も内側に抱えたまま、現在と過去を交差し何事もなかったように“普通”を生きていく…そんな生きづらさを抱えた若者がたくさんいます。僕たちが出会った若者たちの誰もが命を落としてしまうわけではないけれど、それでも、日本は、先進国の中でも子どもの自殺率がとても高い国です。厚生労働省の統計では、昨年の小中高生の自殺者数は527人。過去最多だったそうです。

 

「10年後には違う景色が見えるかもしれない。だから、今はどうか生きてほしい」と願うのは僕のエゴかもしれません。それでも、僕たちは願わずにはいられない。「目の前にいるこの子の人生が、誰よりも豊かなものでありますように…」そんな祈るような気持ちで、今日も若者たちと向き合い続けています。