悲しみを客観的に受け入れられるように

── 中井さんは、グリーフケアについても学んでいるそうですね。具体的にはどのようなことを指すのですか?

 

中井さん:グリーフとは、大切な人や存在を失った悲しみのことを指すのですが、それは決して死別の悲しみだけではないんです。たとえば大事にしていた親の形見の指輪を失くしてしまったり、がんと告知されたりすることもそうですが、心が傷ついて気持ちが落ち込むことを指しています。私は、誰かのグリーフをケアしたりサポートしたりしたいなという思いで学んでいるのですが、それは自分自身にとっても大事なことだと思うんです。悲しみに対して、どう自分が受け止めて向き合っていくかの知識があれば、そんなに深いところまで気持ちが落ちてなくても済むのではないかなと思っています。

 

中井美穂さん
NPO法人キャンサーネットジャパンのセミナーで司会をつとめる中井美穂さん

── 家族や親しくしていた方の死などの悲しみをどう受け入れていくのかについては、確かに今まで誰かに教わったことはありません。

 

中井さん:私の両親は病院で亡くなったのですが、ご遺体を安置する場所はだいたい病院の地下にあります。安置所自体はきれいであっても、そこに行くまでが裏動線だったりして、ただでさえ悲しいのにどんどん悲観的になるような場所を通っていくのは寂しいなと思っていました。最近では日当たりのいい明るいところや上の階に安置所を設置して、お花や絵をたくさん飾っているような病院も増えていて、こういったことも遺族のグリーフケアにあたると思います。

 

家族を失ったあと、すぐに葬儀屋さんと打ち合わせが始まっていくので、遺族の心のケアまでは病院でしてもらえません。病院はやっぱり病気を治すところですし、もちろん希望があれば専門の方を紹介してくださるんでしょうけど、悲しくて疲れ果てている状態で、自分の心のケアについて聞いたり調べたりする元気がもうないですよね。そういうときに、病院から紙1枚でいいので「自治体で話を聞いてもらえる場所があります」とか、「このHPで遺族の方の体験談がご覧いただけます」というのを渡すだけでもいいと思うんです。いつか、「そういえば何かもらったな」と思ってアクセスできるチャンスがあるだけでだいぶ違うと思います。患者さんが亡くなったあとの病院の最後の仕事として遺族に対する心のケアがあればいいなと思っています。

 

── グリーフケアを学んで、中井さん自身に心境の変化はありましたか。

 

中井さん:元々祖母と生活していたので人間が歳を取って老いていくことを日常として見てきたことが影響しているかもしれませんが、死に関しては受け入れるタイプの人間だと思っていました。それでもやはり両親が亡くなったときにはショックを受けました。ただ、順番が逆になるのではなく子どもが両親を見取ることができたわけですから、そこに関してはよかったと思うようにしたのですが、実際にグリーフケアを学んで学術的な情報に触れると、より気持ちがクリアになっていく感覚があったんです。悲しみを持ったまま生きていくことが闇雲に怖くはなくなりました。人生は何かを得たり失ったりしながら続いていくので、得ることや失うことをあまり怖がらずに生きていけたらいいですね。

 

時間薬と言って、何年か経ったら悲しみを乗り越えていくというのが昔の考え方で、今は乗り越えるというよりそのグリーフとともに生きていくという考えになっています。悲しみは薄れたり強くなったりしますので、決して克服するものではないってわかっていれば、「今の自分はそういう状況なんだな」と客観的に受け入れられると思います。

 

PROFILE 中井美穂さん

なかい・みほ。フリーアナウンサー。87年フジテレビ入社。アナウンサーとして「プロ野球ニュース」「平成教育委員会」など多くの番組に出演。退社後「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務め、現在は「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)、「スジナシ」(TBS)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)、「アルバレスの空」(BSテレ東・ナレーション)等にレギュラー出演。演劇のコラム、動画配信番組、イベントの司会、クラシックコンサートのナビゲーター、朗読など幅広く活躍。がん患者支援団体NPO法人キャンサーネットジャパンの理事として啓発のイベント・市民公開講座の司会などの活動も行う。

 

取材・文/内橋明日香 写真提供/中井美穂、NPO法人キャンサーネットジャパン