話題のベーカリー「小麦の奴隷」を2人で創業

飲食業の経験はあったものの、パン作りは未経験。にもかかわらず、誘いをすぐに快諾した井上さん。迷いはなかったのでしょうか?

 

「いずれはお弁当屋を自分で開くことなどを考えていました。パン屋に誘われたときに自問自答したんです。東京にいて自分でお弁当屋をやるのと、一度も住んだことがない北海道に行って未経験のパン屋をやるのは、どっちが楽しいかを。パン屋をやったほうが断然人生おもしろくなると思ったので、迷いはなかったですね。僕の行動理念のひとつは『楽しいか、楽しくないか』。楽しいことを瞬時に選択して突き進んだわけです」

 

準備期間は半年余り。経営を担うオーナーと『小麦の奴隷』を開業したのは井上さんが23歳のときです。初月の売上げは月400万円。翌月も300万円を叩き出し、以降も同レベルの売上げをキープして、すぐに大人気パン屋となります。そして、エンタメパン屋と銘打ち「ザックザクカレーパン」などの特徴的な商品を武器に、全国へフランチャイズ展開。ハイスピードでフランチャイズ100店舗まで増えていきました。なぜ、パン作りの素人が始めたパン屋が短期間で成功できたのか。その理由として、井上さんはホリエモンからの学びを挙げます。

 

「いちばんは、誰もが職人になれるシステムです。パン屋を開業するとなると、技術を習得するために何年もの修業を経て独立するのがセオリーになります。また、独立する際には必要な設備を揃えるために相応の資金を蓄えなければなりません。こうした時間や投資は削れるというのが、オンラインサロンで堀江さんが語っていたビジネスの考え方なんです。『小麦の奴隷』ではそれを実践し、撤廃しています。

 

パンの製造工程の中でもっとも技術を要する生地作りについて、最新設備を揃えた工場と提携し、そこで仕込んだ冷凍生地を使用。あとは種類ごと成型やトッピングして焼くだけですむため、素人でも短期間の研修のみで美味しいパンを作れるオペレーションになっているんです。効率的な事業運営を可能とし、フランチャイズ化もしやすい仕組みにより、急速な躍進につながったのでしょう」 

 

フランチャイズ拡大などに貢献したのち、約2年で同店を退職した井上さん。料理人としての挫折から起業成功までの道のりを振り返り、その原点を明かします。

 

「僕は居酒屋を営む両親のもとに生まれ、料理人の親父に憧れて飲食の世界に入りました。ホテルやレストラン勤務時代は何度も辞めようと考えましたが踏みとどまり、親父がやっている職業に固執してきました。4年で料理人をあきらめてからも現在まで、親父と同じ飲食業から仕事を変えていません。いい意味で親父の『呪い』があったからこそ、僕は成長して大きくなれた。そう強く思っています」

 

 

東京に戻った井上さんですが、「小麦の奴隷」と同じ発想で新たなビジネスに乗り出します。それが、自動販売機だけで1年半の間に累計30万個も売り上げた、話題の生クリームスイーツ缶「なまくり」だったのです。

 

PROFILE 井上拓海さん

いのうえ・たくみ。株式会社リクーム代表取締役。発案した生クリーム缶『なまくり』が大ヒット。厳選した北海道産生クリームを使用。SHIBUYA109など全国9か所に設置する自動販売機とECで販売を行い、累計販売数30万缶突破。

 

取材・文/百瀬康司 写真提供/井上拓海