国民的ドラマは脇を固める役者もベテラン揃いで9か月の長丁場。そこに入る新人にして、NHK連続テレビ小説『あぐり』で主役を演じた田中美里さん。学ぶ間もないなかでの演技に、自分の手応えはない。そんななか、大御所俳優たちが見せた気概に田中さんは力をもらったといいます。(全4回中の3回)
パントマイムの審査でしゃべってしまい…
── NHK連続テレビ小説『あぐり』のヒロインに抜擢され、主演デビューを果たしています。オーディションはさぞや難関だったのでは?
田中さん:あのときは見えない風にぐいぐい背中を押されているような、何か不思議な感覚がありました。『あぐり』のオーディションを受けたのは、東宝シンデレラオーディションで特別賞をいただいて、地元・金沢から上京する準備をしていたときのこと。事務所の方から「ギリギリ間に合うから書類審査に出しといたよ」と言われて、オーディションに挑戦しました。
当時はデビュー前の素人です。オーディションで「図書館で眠っていたら夢を見ました。実際に経験したことでもいいし、創作しても構いません、その夢をパントマイムで再現してください」と言われたものの、どうしたらいいかわからない。学生時代に道でカラスに頭をつかまれたことを再現してみたけれど、どうやら全然伝わってないようです。それで最後に「カラスに頭をつかまれているパントマイムです」って、口に出して言っちゃった(笑)。これは絶対に受からないだろうなと思っていたら、また次の審査に進んで…。
実際に主人公のあぐりさんも肌の色が黒かったから、ドラマの中で「カラスちゃん」と言われるんです。それもどこかでつながっているのかな、なんて思ったりして、いろいろ不思議なことだらけでした。
── いきなりの主演デビューで、現場でとまどうことはなかったですか?
田中さん:本当にわからないことだらけでした。「わらって」と言われて、業界用語で「どいて!」という意味なのに、思いきりずっとにこにこしていたり、バミリ(立ち位置の印)にうまく止まれなくてカメラに映ってなかったり、初歩的な技術も何もできていない状態です。本当に素人だったので、怖さを知らなくて、それが逆によかったみたい(笑)。共演者の方も里見浩太朗さん、星由里子さん、野村萬斎さんをはじめそうそうたる顔ぶれで、少しでも経験があったらプレッシャーに押しつぶされていたかもしれません。むしろ、いまだったら怖いですね。あんなふうに突き進めないだろうし、あのころだったからできたのかなって思います。
── 役づくりはどのようにされたのでしょう。
田中さん:まず監督に「田中さんのままで、あぐりを演じてください」と言われました。だから、とくに役づくりを考えた感じでもなくて。脚本家の清水有生さんが、途中から「あぐりは悲しいときに笑う」というイメージで台本を書いてくださったと聞いています。清水さんいわく、台本ではすごく悲しいシーンでも、私が演じるあぐりは笑っているらしくて。それは私の中で自然と出てきた表情というか、私自身もともと、つらいことがあると逆に笑ってしまうところがあったからだと思うんですけれど。監督もそれをおもしろく受け止めてくれたのか、あまり制限せず自由にやらせていただけたのはすごく心強かったですね。