俳優の「躊ちょや迷い」も丁寧にすくい上げる

親密なシーン
密接なシーンにもさまざまなシチュエーションが。俳優の思いを汲みとるのが重要な仕事(写真/PIXTA)

── 俳優さんにやりたくないことについてお聞きする際、俳優自身の家庭の事情や過去の嫌な体験など、内面に一歩踏み込こまないといけないケースもあるんでしょうか。

 

浅田さん:基本的に俳優が話したくないことは聞かないんです。たとえば「このシーンのこの描写はできますか?」とお聞きして、「できません」と答えられたら「なぜできないんですか?」とは基本的に聞かないんですね。NOに理由はいらないので。完全な「できません」「やりません」だったら、「わかりました」でおしまいです。

 

ただ、その返答の仕方に、躊ちょや迷いが見えるときがあります。そういうときは、何か気になることがあるのか、やってみたいけど不安なのか、過去に嫌なことがあったからもうやりたくないのか…と想像します。そして、相手の話し方を見ながら、インティマシー・コーディネーターのサポートがあればやってみたいことやできることはあるか、という具合に慎重にお聞きするようにしています。

 

── 撮影当日はどのように動くのでしょうか?

 

浅田さん:たとえば全裸になるシーンなのか、キスをするシーンなのか、どういうシーンが撮影されるかによって私が用意するものも違ってきます。基本的には当日の朝、私が用意するもの、衣装部、メイク部が用意するものを最終確認して、スケジュールを細かく確認します。

 

そして、大切なのが、俳優の方々に「先日お話しした内容で今日できますか?」と確認をすること。そこで俳優には“NO”と言う権利があります。あとはもし共演者がいる場合、「ここは触られたくない」「キスをするときに舌を入れてほしくない」といった許容範囲も確認します。

監督と俳優の関係には権力関係が存在する

── 先日公開された映画『先生の白い嘘』で、俳優から要望があったにもかかわらず撮影現場にインティマシー・コーディネーターを入れなかった監督のインタビューが批判される事態になりました。入れなかったのは「間に人を入れたくない」という理由だったそうですね。

 

浅田さん:そうですね。監督に「間に人を入れたくない」という気持ちがあることは私も理解はできるんですが、時代が変わって求められているものが変わってきた。それに対して、現場がいかにアップデートしていけるかが大切だと思うんです。

 

何より「間に人を入れたくない」という理由がどこにあるのかが大事だと思います。もし「自分は俳優と信頼関係があって、なんでも話してくれるはずだから、インティマシー・コーディネーターは入れなくていい」というお考えをお持ちだとしたら、すごく危ないと思っています。仮に監督と信頼関係があって「なんでも言ってね」と言われたとしても、本当に本音がすべていえる俳優は少ないはず。監督やプロデューサーは、自分自身がいかに権力を持っているかを自覚しないといけないと思います。

 

── キャスティング権がありますもんね。ただ、視聴者としては撮影現場にインティマシー・コーディネーターが入っているかどうかは気になるものの、形式上入れただけでは現場は変わらない気もします。

 

浅田さん:そうですね。現場全体に「インティマシー・コーディネーターに作品やキャストを守ってもらいたい」という思いがないと、なかなか難しいと思います。

「撮影を邪魔する人だと思っていた」と言われることも

インティマシー・コーディネーターの浅田千穂さんの仕事道具
多忙を極める浅田さん。手帳は「仕事」「プライベート」「娘の予定」など10色を使って書き分けているそう

── 監督や制作サイドとのやりとりではどのような点に気を使いますか。

 

浅田さん:先日とある現場で初めてお会いしたスタッフの方が「インティマシー・コーディネーターって、もっと何かを制限して現場を邪魔する人だと思ってたけど、今日お会いして違うんだとわかりました」とおっしゃったんです。4年間続けてきましたが、まだまだこの仕事の役割が正しく伝わっていないんだな、と痛感しています。

 

日本の映像業界にとっては新しい仕事ですし、今までのやり方もあります。新しいやり方を根づかせるのは難しいと理解して入っていっています。「インティマシー・コーディネーターを入れるのが当然でしょ」というふうに相手に伝わらないよう、役割を詳しく知らない方がいて当然なんだと意識して話をするようにしています。

 

── ドラマ『不適切にもほどがある』でもインティマシー・コーディネーターが撮影現場でドタバタを巻き起こす、という描写がありました。

 

浅田さん:ドラマ後の視聴者の反応を見ましたが、視聴者は賢いので「実際にはああいうことはしない」というのはわかっているように思いました。加えて、俳優の皆さんが、いろいろなインタビューで「インティマシー・コーディネーターがいてよかった」と言ってくださっているので、視聴者にも理解してくださる方が増えてきたように思います。

 

PROFILE 浅田智穂さん

あさだ・ちほ。1998年ノースカロライナ州立芸術大学卒業。帰国後は通訳として従事。2020年、IPAにてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。Netflix映画『彼女』で日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加した。

 

取材・文・撮影/市岡ひかり