「接客用語は『今まで言ったこともない』言葉ばかりでした」と笑うのは、AKB48・JKT48でアイドル活動をしていた近野莉菜さん。現在は女性アパレルブランドのプレスとして活躍していますが、当初は慣れないことの連続だったそう。アルバイトからスタートし、憧れていたプレス職になるまでの苦労など、お話を聞きました(全4回中の4回)。
転職で再び苦戦した「言葉の壁」
── 14歳から10年、人気グループAKB48やJKT48のアイドルとして活躍した後、アパレルブランドのプレスに憧れて、アルバイトのショップ店員からのスタートしたとか。
近野さん:最初はわからないことだらけでした。 JKT48に移籍したときもインドネシア語に苦戦しましたが、今度は敬語や接客用語。また「言葉の壁」がありました。
それまで丁寧語で喋ることはあっても、敬語を話すことがあまりなくて…。たとえば、接客で当たり前に使う「かしこまりました」「承知いたしました」も、ショップで働くまで言ったことがなかったんです。
だから日本語なのにいちいち頭のなかで「なんて言うんだっけ?」と考えて、ちょっと固まるみたいな(笑)。
── 多くの社会人一年生も通る道ですね。
近野さん:あとは「年下でも、職場では先輩」という感覚もわからず、「年下は、年下でしょ」って接し方をして、叱られたこともあります。
敬語が苦手で、先輩にタメ口なのをおもしろがられ、「帰国子女だから仕方ないね」と言われたり。敬語以外にも、たくさん失敗して毎日怒られ、周りの方にかなりフォローしていただきました。
アルバイトでひたすら結果にこだわった理由
── そんな状態から半年たらずで、店舗売り上げ1位のスタッフに成長したそうですね。
近野さん:最初から「プレスになりたい!」が前提にあり、希望を叶えるには実績を積んで正社員になり、本社勤務になってプレスの仕事に就けるよう、周りに認めてもらわないといけない。だから仕事ぶりが本社に伝わるよう、個人成績にはこだわりました。
アルバイトなので、接客だけじゃなく倉庫から商品をピックアップし、店頭に並べる仕事もあります。倉庫での作業中は売り上げにつながらないため、素早く作業する。土曜・日曜はお客様が多いので、週末のシフトを希望する。お客様のお名前を覚えるなど、結果を出すために全力で頑張りました。
── いろいろ工夫したのですね。アイドルの経験が、活かせた場面はありました?
近野さん:まったく違う仕事なので、最初は「活かせる経験はない」と思っていましたが、お客様のお名前を覚えるのは、アイドル時代にファンの方のお名前を覚えるのと一緒ですし、短い時間での会話など、握手会の経験は接客に通ずるところがありました。
アイドルのころは自分のことに必死で、ライバル心は薄かったと思います。でもショップ店員時代は、とにかく最短ルートでプレスになりたいと考えて、「売り上げで誰にも負けたくない」と、密かにライバル心を燃やしていました(笑)。
── そういう姿勢や実績は、見ていてくれる人がいるし、離れた本社にも伝わったのでは?
近野さん:そうですね。やはり売り上げ実績は注目してもらえましたし、予想よりも早く、正社員として本社勤務の道が開けました。
念願のプレス職へのステップも戸惑いの連続
── 環境が変わるごとにその場に慣れていくのは大変ですよね。本社勤務は店舗と違い、必要な業務スキルも違ったのでは?
近野さん:まずパソコンに触ったことが、ほとんどなかったんです。そしてまた「言葉の壁」で(笑)、ビジネスメールは接客用語とは違う世界。メールひとつ送るのも、タイピングに時間がかかるし、文章の直しの指示をもらうし…。
そのレベルのことを一から教えることになった上司は、すごく大変だったと思います。店舗でも最初は毎日怒られていましたが、本社勤務になってからは、毎日、めちゃくちゃ怒られていました。
── どんな失敗を…?
近野さん:最初の配属は、テレビや雑誌の撮影に使うサンプルをスタイリストさんに貸し出す、リースチーム。貸し出すサンプルの在庫やスケジュールを管理するのが、主な仕事です。
でも私、数字やスケジュール管理が苦手というか、向いていなかったようで…ミスをしまくって毎日パンク状態でした。
── 雑誌やカタログ制作に携わった経験から想像できますが、スタイリストさんが来て指定のサンプルが用意できていなかったら…もうとんでもない大惨事です。
近野さん:まさにその大惨事を引き起こしてて…。
── それは毎日めちゃくちゃ怒られるし、パンクしますね…。そこから、今のポジションまでには、どんなステップがあったのですか?
近野さん:まず『SNIDEL(スナイデル)』のプレスアシスタントで経験を積み、プレス担当に。その後、『CELFORD(セルフォード)』のサブチーフプレスになり、現在に至ります。
業務内容はブランドイメージの普及や撮影の立ち会い、展示会、シーズンごとのポイントをメディアの方に伝えるなど、本当に幅広いです。コロナ禍で情報発信にインスタライブやYouTubeも活用するようになり、動画に出演して話す仕事は、アイドル時代に人前で話すことに慣れていたのが、とても役立っています。
「できないから怒られるのは当たり前」のマインド
── 現在は念願だったプレス担当として活躍しています。この先の目標は?
近野さん:今のポジションでプレスとして力量を上げ、チーフプレスになることです。
なりたくて就いた仕事で、とても充実しています。今の環境で、できることを増やしてブランドに貢献し、プレスの仕事を続けていきたいです。
── 仕事以外で今後、やりたいことは?
近野さん:今年で30歳になります。SNSなどで今も応援してくれるファンに、感謝を伝える場をつくりたいです。今は感染予防策で難しい環境ですが、落ち着いたらイベントなどできたら嬉しいですね。
── AKB48では「チームKのメンバーになりたい」、転職後はアルバイトから「プレスになりたい」と公言して自分を掻き立て、周囲を動かすパワーがあると感じます。それに、失敗したり怒られたりしても、心が折れないですよね?
近野さん:折れないですね(笑)。「とにかく早く引き上げてもらえるよう、結果を出そう」という考えに、フォーカスしているので。
めちゃくちゃ怒られて、「できない自分がつらい」と感じても、「できないのだから、怒られるのは当たり前」と思うんです。だから「怒られてつらいから、辞めたい」みたいな感じには、ならないんじゃないかと。
── JKT48への移籍やアパレル業界への転職など、なぜ大胆な転身ができたのでしょう?
近野さん:「これをやりたい!」と思ったら、突き進む性格が大きいですね(笑)。
普通は「失敗したくない」と考えて躊躇するのかもしれませんが、人生は一度きりだし、好きなこと、やりたいことがあるのは素敵なこと。まずはやってみて、悩むのはそれからでいいと思っています。
PROFILE 近野莉菜さん
1993年東京都出身。2007年『AKB48 第二回研究生(5期生)オーディション』に合格し、AKB48、JKT48で活躍。2018年にAKB48グループを卒業し、芸能界を引退。現在はアパレルブランドのプレスとして働いている。
取材・文・撮影/鍬田美穂 画像提供/近野莉菜