亡き父への思い

── お父様が亡くなって1年が経ちました。

 

平原さん:
いまだに泣きますし、寂しいことに変わりはありません。ときどき、夢に出てくることもあります。今日も抱きしめてもらう夢を見ました。

 

父が亡くなって、家族のなかに男性がいなくなったんです。父がいない分、強くならなきゃならないと思うようになりました。家族を守りたいという思いもあって、もっと強くて、しなやかな人間にならなきゃって。

 

── 音楽に支えられたと思うことはありますか。

 

平原さん:
父が亡くなった日にミュージカルのお稽古があったのですが、私はその日も行きました。スタッフの方も「無理しなくていいよ」と言ってくれたんですが、父だったらきっと行くだろうなと思って。

 

人生でいちばんの悲しみを経験しました。それでも毎日舞台に立って、自分の責務を全うしようと決めました。歌う曲の歌詞は、父を思い出させるようなものがほとんどでした。

 

込み上げてくるものを抑えるのに必死でしたが、舞台やコンサートでは絶対泣かないと決めていました。あの時はただただつらかったですが、もし仕事を休んで家に引きこもっていたら、きっと立ち上がれなかったと思います。

 

もともと毎日をがむしゃらに生きるタイプですけど、目の前のやるべきことに集中すること、人のために生きることが心の救いになることがわかりました。

 

でもやっぱりつらくてサックスの音は聞けなかったです。音楽に助けられて、音楽に傷つけられて…という日々でした。

 

── お父様に教わったことはなんでしょうか。

 

平原さん:
泣かずに歌う、泣かずに吹くということです。父の母が亡くなって、お別れのときに父はクラリネットを吹いていたんです。みんな泣いていたんですが、父だけは泣いていなくて。

 

「なんで泣かずに吹けたの?」と聞いたら「僕は音で泣いていたから」と言っていました。私もそんな音楽家になりたいと思いました。

 

それまで、コンサートツアーでも歌の途中で泣いてしまったことがあったんです。でも家族から「泣きたいのはお客さんで、みんなあーやの歌を聴きにきているんだから」と言われたら、そうだよなって。そこから泣かなくなりました。

 

ステージで堂々としたパフォーマンスを見せる平原さん。笑顔がまぶしい

── 表に立つというのは感情のコントロールも含めて大変なお仕事だと思います。

 

平原さん:
今はSNSで心ないことをいう方もいますが、おそらくみなさん、そこに出ていることがすべてだと思ってしまっているんですよね。もしかしたらSNS上で笑顔の人は、本当は裏では泣いているかもしれない。悲しんでいるように見せている人も実はハッピーかもしれない。本当は誰にもわからないのに。

 

それぞれに人生があって、私たちは相手のことを本当は何も知らないのに、調べたら全部出てくるから、知った気になってしまっているだけだと思うんです。

 

私自身もみなさんの前でどんな表現をしていけば良いのか迷うときもあります。こういう時代なので、苦しむこともありますね。表現するというのは大変です。

 

── これから取り組んでいきたいことについてお聞かせください。

 

平原さん:
デビュー当時の活動の範疇ではないようなことにも本腰を入れていかないと、自分の音楽が伝わらない時代になっていると感じています。

 

コロナもなかなか落ち着かないので、ファンの方に向けたネットの配信なども強化して、でも実際にお会いして歌うこともしていきたいので、世界を回ってコンサートツアーもできたら嬉しいです。そのためには体力が必要なので、たくさん鍛えていきたいと思っています。

 

PROFILE 平原綾香さん

2003年『Jupiter』でデビュー。日本レコード大賞新人賞、日本ゴールドディスク大賞特別賞、レコード大賞優秀アルバム賞などを受賞。2015年「平原綾香 Jupiter 基金」設立。ラグビーW杯2019開幕戦で国歌⻫唱を務める。今年6月には新曲『キミへ』を含むアルバム『想い出がラブレター』をリリース。ミュージカルにも多数出演。最近は中国のバーチャル歌手、洛天依とコラボし中国語で歌唱している。

取材・文/内橋明日香 写真提供/Office MAMA. 撮影/(プロフィール写真)Kazumi Kurigami