神戸フィルムオフィス代表の松下麻理さんは、「神戸の街と人のために」との思いでさまざまな仕掛けを行ってきました。2022年7月には、俳優の森山未來さんらと世界中の芸術家を無償で受け入れる施設「アーティストインレジデンス」の運営を開始。現在は同施設に住み込み、滞在者の身の回りの世話を引き受けています。松下さんが「人生最後の仕事」と話すアーティストインレジデンスの試みなどについて聞きました。

シビックプライド「BE KOBE」

── 神戸市広報官時代、都市イメージ向上のため、シビックプライド醸成に注力されたそうですね。

 

松下さん:
阪神大震災20年の節目となる2015年は、市役所を挙げて震災20年事業を実施する計画でした。しかし、各部局から出てきた事業案一覧を見ると、毎年やっていることの焼き直しなんですね。神戸の復興20年がこれでいいのかと思い、私から「シビックプライド・メッセージ」をつくることを提案しました。

 

シビックプライドとは「都市に対する日本の誇り」という意味合いですが、それを象徴するものとして「アイ・ラブ・ニューヨーク」のようなロゴが生み出されました。国内でも札幌で「サッポロスマイル」が生まれています。震災20年を振り返り、未来につなげていくために神戸にもそういったものが必要だと考えたのです。

 

すでに予算要求はほとんど終わっていた時期でしたが、正月休み返上で企画書をつくり、なんとか要求をねじ込みました。ハラハラしましたが無事可決され、1200万円の予算がつきました。

 

神戸市広報職員として話す松下さん

── その後、どのようにしてメッセージが決定したのでしょうか。

 

松下さん:
最初は、市民のみなさんに投票してもらって決めれば、どこからも異論が上がらないだろうと考えていました。ところが、相談したデザイン・クリエイティブセンターの当時の副センター長から、「デザイン力がないと生き残らないよ」と言われたんですね。

 

神戸は、ユネスコに認定されたデザイン都市でもあります。そこでプロのデザイナーに作ってもらうことにしました。そうして出来上がったのが「BE KOBE」。「神戸の魅力は人である」との思いを集約したメッセージです。

 

神戸に対する想いは人それぞれでひとつじゃない。だけど、みんな神戸が好き。「自分が好きな神戸らしい人であれ」と思うことは自分を強くするはず。正直、最初見たときにピンときたわけではなかったのですが、「これしかない」とだんだんと思うようになりました。

 

── 反響はいかがでしたか。

 

松下さん:
もともと、シビックプライドづくりは市全体が推進する事業にする予定でした。ただ、いざメッセージが決まると議会からは「本当にこのメッセージでいいのか」と反対意見も出てきました。

 

ここまで来てダメになるくらいならと、「これは広報課の企画として立ち上げます!」と宣言。市からの協力が得られなくても、自分自身で育てていこうと決意しました。

 

ただその後、市も少しずつこの「BE KOBE」を使い続けてくれて、2017年には公園にモニュメントを設置してくれました。いまでは神戸の“映えスポット”として、たくさんの人が訪れています。これはやはりデザインの力が大きかったと思います。

 

市民からは、「これこそ神戸だ」と言ってくれる方が複数いました。広報官としての仕事は本当に市民に届いているのかわからなくなるときも多かったので、ここまで反応があったのは初めてで嬉しかったですね。