── なるほど。小さなころから好きなことをしていた環境は、今の“二刀流”につながると感じさせられますね。今、抱えている悩みは何ですか?

 

広田さん:
在学中は怪我しなかったのですが、陸上1本にしてから怪我ばかりで。しんどさを痛感しましたし、メンタルも弱っていたときがありました。

 

ただ、医学と陸上の“二刀流”のときは、勉強する時間も必要で、その分、陸上の練習時間が減るため身体への負荷がかかりすぎず、バランスが取れていたのかもしれないのです。

 

逃げ道っていうと言葉が違うかもしれないですが、好きなことを2つやっているからこそ、いい影響と結果が出たんだなぁと感じます。

 

── 陸上の経験が医師になるための勉強でいかされたことはありますか?

 

広田さん:
アスリートの世界は怪我なしには語れないほど、怪我を抱える人は多いです。私は怪我がきっかけで、筋肉のことなどが詳しくなれました。

 

筋肉トレーニングの内容で乳酸値がどうとか、マニアックな生理学的なことが必要になってくるんです。

 

怪我したときの対処法など、周りに聞かれることも多いし、ストレッチして正しい筋肉を戻していく方法などは、陸上をしていて初めて知ることができました。

 

実際、私も怪我に苦しんでいまして。医師の知識はもちろん、理学療法士やリハビリに関わる人にも話を聞いたり、同じ怪我をした人にリハビリ内容を聞いてみたりしています。

 

陸上を通じて、医学生のときに取り扱ったケースとは異なった別の心情を、学びとることができました。

 

医学生のときは、悪いところを治す患者さんが多かったですが、怪我したアスリートの場合は、治ることがゴールじゃないのですよね。

 

患者さんそれぞれで治療に対する考え方が違う視点を持てたのは貴重でした。

 

── 怪我しながらも医学的には、勉強になった部分が大きかったのですね。他にも得たことはありますか?

 

広田さん:
いろいろなタイプの方と出会えたのは、人としてもいい経験になりました。医大生と、スポーツ一本に絞って活動する人とでは考え方もさまざまで。

 

アスリートの人は、自分とその競技種目にまっすぐ向き合い、感覚を研ぎ澄ませながら立ち向かう人が多い。

 

いろいろな考えの人がいる気づきは、医師として、患者さんと話したときも、大事にしたいと思っています。

 

ただ病気を治すだけでなく、特にどういうところが気になるのかなど、実際の生活に結びつけてメンタル面までケアできるような医者になりたいです。

 

── 180度異なる2つの好きなことをしていく中で、それぞれ見えない視野が広がったのですね。2つのこと以外にやってみたかったことはありますか?

 

広田さん:
性格上、やってみたいと思う欲求があるとすぐにやりたくなっちゃうのですが、他の趣味や遊びに興味がわかなくて。それほど、単純に陸上と医療の勉強が好きなのです。

 

夢中になれることが2つあって、同時に挑めるのがよかったです。

 

自分の大好きなことが、医師として人の役に立つ仕事につながったり、大きな陸上を舞台にしてチャレンジできたりするのがうれしいです。

 

まだ研修医も始めていないので医師の夢を叶える途中ではあるし、陸上では、タイムを縮めて、より満足のいく走りをしたい。両方とも壁が高いからこそ、乗り越えたことでしか見えない世界を見てみたいし、ワクワクします。

 

── 好きなことが2つあって、ブレずに夢に向かう姿勢に心打たれます!今後の夢は?

 

広田さん:
ここまで家族と新潟県のみなさまに支えられてきたので、何かの形で恩返しはしたいです。陸上では100%満足いく走りができるように。

 

そして医療のほうは、現時点では、産婦人科の医師になるのが夢です。不妊に悩む女性なども増えてきていますし、経験を活かすために女性アスリートにも寄り添っていけたらと思っています。

 

自分の心と向き合ってきたことや、陸上での経験をいかして、ただ病気を治すだけでなく、患者さんそれぞれの事情に寄り添えるような医師になれたら理想的です。

 

PROFILE 広田 有紀さん

1995年生まれ、新潟市出身。秋田大医学部在学中、女子800mにてインカレ2位。現在、新潟アルビレックスRCに所属。

 

取材・文/桐生奈奈子 画像提供/広田有紀・新潟アルビレックスRC