「衝撃でした」ケニアの子どもたちから学んだこと

美大出身だったことを伝えると、ケニアに長く住んでいる人に誘われ、スラムの子どもたちが通う学校でアートクラスの授業を受け持ったことも。

 

子どもたちは日本では想像ができないほど厳しい環境のなかで暮らしていました。彼らの家にはハサミも定規もなく、子どもたちは字を書く機会がないため、えんぴつを使った経験さえなかったそうです。

 

伊藤さんは、文房具の基本的な使い方からデッサンまで、一つひとつ教えていきました。

 

「私は教える立場でしたが、実際は子どもたちから学ぶことがとても多かったです。あるとき、真っ白い四角柱を描くデッサンの授業をしたことがありました。

 

陰影を描いてほしかったので、電気をつけ、四角柱の影ができるようにしました。すると、子どもたちに“電気が明るすぎて『白のなかの色』が見えないから消してほしい”と言われました。

なんでもスポンジが水を吸うように吸収する現地の子どもたち

最初は『白のなかの色』が何を指しているのか理解できませんでした。よく聞いてみると、子どもたちは普段、電気のない暮らしをしています。

 

おだやかな自然光のなかでは、さまざまなニュアンスの白を見分けられるのに、人工的な電気の光がハレーションを起こし、繊細な『白のなかの色』が見えなくなったようなのです。

 

私は、白のなかに色が見える経験がなかったので衝撃的でした」

 

子どもたちには“頭で考えず、目に見えるものをそのまま描きましょう”と教えていた伊藤さん。けれど、固定概念にとらわれていたのは自分自身だったとハッとしたそう。

 

「無意識のうちに、心のどこかで“何も持っていない子どもたち”に何かを与えようと思っていたんだと気づかされました。

 

でも実際は、子どもたちの前には私の知らない世界が広がっていました。“与えてあげる”のは上から目線だったんです。傲慢だったと恥ずかしくなった経験でした」