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大橋未歩「天職のはずが…私の代わりはいくらでもいた」の衝撃から立ち直れた訳

仕事

2021.07.11

大橋未歩さん

テレビ東京の局アナとして活躍していた34歳の時に、脳梗塞を発症 ── 。それまで全力で走り続けてきた大橋未歩さんが、はからずも足を止めるきっかけになりました。

 

8か月の休養期間を過ごし、自らを見つめ直した結果、「気負いすぎていて、傲慢になっていた自分に気づいた」と振り返る大橋さん。

 

病気を経てあらためて感じたことや抱いた思い、そして独立に心が傾いていった理由について話してくださいました。

私がいなくても世の中は回る…そんな“当然の事実”を目の当たりに

── 脳梗塞を発症したことで、それまで仕事一筋に突き進んできた大橋さんが、立ち止まることを余儀なくされました。8か月間休養されましたが、当初は休むことに不安もあったのでは?

 

大橋さん;

やっぱり怖かったですよ。テレビを観ることもできませんでした。特に司会者がいる番組は、仕事のことを思い出して不安になってしまって…。でも、ゆっくり考える時間ができたことで、自分を見つめ直すいい機会になりましたね。

 

あらためて痛感したのは、「これまで私は、いろいろと気負いすぎていたんだな」ということ。

 

それまで、「私が頑張らなくては!」という気持ちですべての仕事に向き合ってしまっていました。でも、自分があけた穴を他の社員たちがしっかりと埋めてくれているのを見て、「私がいなくても仕事も会社も社会も回るんだ」という当たり前の事実を初めて突きつけられた気がしたんです。

 

「どうしてそんな当たり前のことに気づかなかったんだろう、なんて傲慢だったのだろう」と…。組織として変わりがいるということは健全な状態だし、みんな貴重な人材源なのに、何を私はそこまで気負っていたんだろうと、すごく反省しましたね。

大橋未歩さん

「期待に応えたい」は一種の麻薬…とらわれすぎると自分を見失う

── 責任感が強い人ほど、「私がやらなくては!」と考えてしまいがちです。頼られたり任せてもらうことは、ときにモチベーションにもなりますしね。

 

大橋さん:

そうなんですよね。ただそれは一種の“麻薬”のようなもので、「期待に応えたい!」という思いにとらわれすぎてしまうと、自分を見失うことになるんだと痛感しました。

 

任せてもらえてありがたいと思う反面、「私がなんとかしなくては!」と勝手に気負って、どんどんシンドくなっていたんです。あのまま突き進んでいたら、きっとどこかでパンクしていただろうと思います。

 

人生長い目で見ると、あのとき脳梗塞になったからこそ、自分を振り返ることができた。ある意味、いいきっかけだったのかもしれません。

仕事より健康と命が最優先「人間としての軸が整った」

── 仕事に対する価値観や向き合い方は、どんなふうに変わりましたか?

 

大橋さん:

やはり、命という何事にも代えられない価値を突き付けられたことで、自分にとって本当に大切なものが何かがわかりました。

 

それまで私にとって一番大切だったのは「キャリア」。でも、どこかで「これで本当にいいのかな…」と思う部分があったのも確かです。それが、倒れたことにより「健康と命が一番大事」という考え方に変わり、物事の判断基準もシンプルになったと思います。

 

疲れる前にためらわずに休めるようになり、人間としての“軸”が整った気がしますね。もしも生き方を変えずに年齢を重ねていたらと考えると、ちょっと怖いです。仕事が楽しくなくなっていたかも…というか、実際そうなりかけていました。

大橋未歩さん

── ということは、仕事に復帰したときには、働き方もずいぶん変わったのですか?

 

大橋さん:

復帰後は会社側もいろいろと考慮してくれました。とはいえ私は会社員ですから、自分ですべてを決めるわけにはいかず、難しい部分もありました。

 

“最大の違和感”となったのは、仕事に対する価値観が180度変わってしまったことでした。

 

以前は、担当番組の視聴率が上がると、自分のことのように嬉しかったんです。ところが復帰後は、数字の勝ち負けではなく、その番組が視聴者に与える価値や意味という本質的な部分にすごく意識が向くようになって。仲間と一緒に喜べないことにもどかしさを感じるようになっていました。

私にしかできない仕事って?働く意味を深く考えるように

── そうした思いが、独立へとつながっていったのでしょうか?

 

大橋さん:

局アナは局の姿勢を代弁する立場なので、そこに自分の主義・主張を入れたり、思いを表現することは求められていません。それまで15年間、局のアナウンサーとして役割を全うしてきたけれど、今後は自分が喋る言葉で生きてみたい、自由に発信してみたいと思うようになったんです。

 

例えば、脳卒中の啓発に関することだったり、健康を犠牲にするリスクや命の大切さなどを、自分が経験したからこそ伝えたいという気持ちが大きくなっていきました。

 

── 巷では「女性アナウンサーは30代以降になると活躍の場が減る」と言われることもありますよね。ご自身は、年齢に関するジレンマを感じたことはありましたか?

 

大橋さん:

そういう風潮には抗いたいと、常に思ってきましたね。「アイドルアナ」のように揶揄されていた20代のときも、30歳を過ぎてからが勝負だと思っていました。「人気は水もの、経験は財産」だと思って、努力していましたね。

 

現在42歳ですが、有難いことに仕事はずっといただけているので、年齢の壁は今のところは超えられているかなと思います(笑)。

 

結局2018年に会社を退職したわけですが、当然愛着もありましたし、独立するというのは本当に大きな決断なので、相当悩みました。最終的には、脳梗塞を発症し、休職したという経験が自分の背中を押してくれたような気がします。

大橋未歩さん

── 優先順位が「キャリア」から「命と健康」に変わったことで、ワークライフバランスも変わったのでしょうか?

 

大橋さん:

もちろん、自分の身体を労わるのは何より大事なことだという意識を持つようになりました。とはいえ、会社員である以上は、与えられた仕事をいかに全うするかが大切ですから…。お休みの日に急きょニュースや取材の仕事が入ることもあり、なかなかプライベートを充実させるのは難しかったんです。

 

「もっと人生を楽しんでもいいんだ」と思えるようになったのは、会社を辞めた直後に出かけた、2週間のアメリカ登山旅行がきっかけでした。

 

 

大病を経て、仕事に対する思いが刻々と変わっていった大橋さん。思い切ってテレビ東京社員という肩書を手放したのち、人生観が大きく変わる出来事を経験したといいます。次回はその出来事とその後のワークライフバランスの変化について伺います。

 

Profile 大橋未歩さん

フリーアナウンサー。1978年兵庫県生まれ。上智大学卒業後、2002年にテレビ東京に入社し、多くのレギュラー番組で活躍。2013年に脳梗塞を発症後、約8か月の療養を経て復帰。15年間勤めたテレビ東京を退社し、2018年にフリーアナウンサーに転身。現在、『5時に夢中!』(TOKYO MX) のアシスタントMCとしてレギュラー出演中。「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた鼎談会」メンバー、パラ応援大使に就任。パラ卓球アンバサダー、防災士としても活動。

 

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取材・文/西尾英子 撮影/中野亜沙美 ヘアメイク/根本秀子

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