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お尻からの出血で大腸の難病が発覚…14年間引きこもった女性の闘病生活

女性の健康

2021.12.14

お尻から出血した場合、最初は痔だと思い込む人が少なくないといわれています。しかし、実は大きな病気で、気づいたら進行していた…ということも。出血に気づいたとき、私たちはどうすればいいのでしょうか。

多田ゆかさん

芸術家として活動する多田ゆかさんは、お尻からの出血をきっかけに22歳で指定難病の潰瘍性大腸炎と診断されました。その後、14年間ひきこもり生活を送ったといいます。「同じ症状で悩む方のお役に立てれば」と取材を受けてくださった多田さんに、闘病生活についてお聞きしました。

切れ痔だと思っていたら…「潰瘍性大腸炎」と診断

── お尻からの出血に気づいたのはいつころですか?

 

多田さん:

大学4年生だった22歳の5月ごろです。子どものころからウサギの糞みたいに固くてコロコロした便が多くて、よく切れ痔のようになっていたんです。ときどき赤い鮮血がトイレットペーパーにつくような状態でした。

 

お尻からの出血に気づいたときも、「痔かな」とそんなに気にしていませんでした。でも、いつもなら23日で治まるのに、鮮血がトイレットペーパーにつく状態が何日も続いていたんです。それまでは市販の痔の薬で出血が止まっていたのに、治らないなぁと。ちょうどテスト期間中だったので、ストレスで身体が冷えているのかなとも思っていました。

 

出血が続いて1か月ほどたった日、突然生理で大出血したときのように、便と血液が混じったようなものが便器いっぱいに出て。あわてて消化器内科を受診すると「潰瘍性大腸炎」と診断されました。医師には「難病です」と言われて驚きました。

 

── 潰瘍性大腸炎は、大腸の内側の粘膜にびらんや潰瘍ができることで炎症が起きる病気だといわれています。安倍晋三元首相がこの病気で苦しまれたことは有名ですよね。下血や下痢、腹痛が主な症状(※)のようですが、多田さんはどんな症状が起きていたのですか?

 

多田さん:

多くの人は、症状が悪化する再燃期、症状が見えなくなる寛解期を繰り返すそうです。再燃期には軽症の人で下痢が1日78回と言われますが、私の場合は120回ほどで、ひどい状態でした。下痢をしながら出血もして、粘液も出て。医師からは「完治はしない」と言われ、私はずっと再燃している状態で14年間過ごしました。

多田ゆかさん

── 14年間も出血をともなう下痢の状態が続いたのですか?

 

多田さん:

そうです。ずっと下痢をしていて、おなかが痛くて…とても外出できませんでした。

 

── どんな痛みを感じていたのでしょうか?

 

多田さん:

例えるなら、細い腸の間を両刃のこぎりでギリギリと無理やりこじ開けられるような、とんでもない痛みです。排泄をするたびに痛くて泣いていました。でも、出てくるのは血液と粘液が混じった形のない便で、泥状にもなっていない水のような状態のときもありました。

 

痛くて、便座の上にしゃがんで、腕をかみながら排泄していました。トイレに入ると40分くらい出られなかったのですが、トイレを出る頃には大量の脂汗をかき、倒れるように横になっていました。

 

トイレの後も、おなかにヒリヒリとした痛みが残っていて。手を洗うときのお湯や風など少しでも肌が刺激を受けるとまたトイレに駆け込むような状態で…本当に大変でした。

14年間引きこもりに 人を怖く感じた時期も

── 想像するだけで辛い気持ちになります。入院もされたそうですね。

 

多田さん:

処方された薬がどれも効かなくなって、大学を卒業後、23歳のころに3か月間入院しました。まったく食事が取れなくて、24時間点滴につながれていました。

 

── 退院後はどうされたんですか?

 

多田さん:

3か月入院すると一度退院することになり、自宅に戻りました。入院したから症状が良くなるというわけではなかったのですが、薬を飲みながらほとんど家で寝たきりのような状態で過ごしました。食べ物は豆腐や素うどん、ゆで卵など、白いものしか食べることができなくて…。そんな食事で14年間、命をつないできました。

 

── いつ下痢が起こるかわからず、食事も十分に取れないのでは、とても外出する気にはなれなかったでしょう。

 

多田さん:

外出先では下痢を起こしてもすぐトイレに行けるわけではないし、とにかく人の目が気になって、強迫神経症(強迫性障がい)のような状態でした。スーパーに行っても、自動ドアが開いたらお店にいる人たちが全員私をにらんでいるように見えたり…。とにかく人が、社会というものが怖かった。カーテンすら開けられない時期もありました。

 

当時の私には、食べ物もすべて“痛いもの”に見えていました。食べ物を口に入れるとトイレに駆け込むことになるから、食べ物を見ただけで「痛そう」と思ってしまうんです。

 

── そんな状態だった多田さんが、いまこんなにお元気そうなのは、にわかに信じがたいです。

 

多田さん:

そうですよね。実は私、病状がさらに悪化し、医師から大腸の全摘出を勧められて初めて「絶対に、そんなの嫌だ。もう我慢するのをやめよう、自分の好きなことに全力で生きよう」って思ったんです。そこから、私の心と身体は不思議なくらい好転していきました。

 

病気になったことは確かに苦しかったけれど、自分の人生を変えるきっかけにもなった。今はそう思えます。

 

PROFILE 多田ゆかさん(Yutan)

1978年生まれ 兵庫県出身。22歳の時に指定難病「潰瘍性大腸炎」を患い、14年間の闘病生活を送る。現在は、お寺生まれの廃棄ろうそくで創るサステナブルエコアート、絵本などを使って自分らしく豊かに生きる大切さを多くの人に伝えている。著書『自分を整え,暮らしを楽しむ9つのスイッチ』(みらいパブリッシング)

取材・文/高梨真紀 画像提供/多田ゆか  ※上記は、多田ゆかさん個人の経験談・感想です。

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