education201902

2019年1月、国の少子化対策の一環として、「子連れ出勤」の普及に向け地方自治体への補助金の割合を引き上げるという発表がありました。

 

これが朝のテレビ番組で報道されると、「育児と仕事を同時進行なんてムリ」「それより保育園を」「子どもがかわいそう」「ママの電話中に赤ちゃんが泣き出したら誰が面倒見るの?」など、さまざまな不満や批判がSNSなどに殺到しました。

 

これについては、認識が不十分な面もありますが、いろいろな立場から見て解決するべき課題がたくさんあるのもまた事実。

 

今回は、みんなが感じている「子連れ出勤、ここがヘン!」という点と、それに対する解決策を探っていきたいと思います。

 

そもそも、「子連れ出勤を国が後押し」ってどういうこと?


2019年1月、内閣府少子化対策担当の宮腰大臣が、以前から子連れ出勤を実施している授乳服メーカーを視察したのち「人手不足のなかで子供を産み育てやすい環境を作っていくことは企業としても重要。全国に広めていけたら」と記者団に語りました。

 

そして「子連れ出勤」の導入やキッズスペース・授乳設備を設置する企業への後押しとして、地方自治体を通じ「現在2分の1交付している補助金を3分の2まで引き上げる」と発表しました。

 

ただ、ここで言われる「子連れ出勤」とはどのような状態を指すのか、具体的なガイドラインや整備するべき職場環境などはまだ示されていません。

 

この報道を見て、現在育児中で保育園に入園できず困っているママ・パパからは「会社に小さな子を連れて行ってまともに仕事ができるわけがない」「満員電車に子どもを連れて乗るのは危険だし迷惑」と不安や不満が殺到。

 

また一般の会社員からは「自分たちが子どもの面倒を見るのか?」「育児で仕事が進まなかったときのフォローは?」と、「子連れ出勤」が導入された時の影響を懸念する声が上がっています。

 

「ここがヘンだよ!」本当に子連れ出勤は可能なのか考える


では、現在SNSなどで、子連れ出勤について「ここがヘン!」と指摘されている点を見ていきたいと思います。

 

ママの立場から「育児しながら仕事はほんとうにムリ」

今回の大臣の発言に対し、2歳のお子さんを育児中の番組コメンテイターを始め、全国の育児中のママからも「育児も仕事も、“ながら”でできるような甘いものではない」と強い反発が上がりました。

 

「私は在宅で仕事をしていますが、パソコンは子どもの手が届かないよう棚の上に置いて、立ったまま仕事しています。電話中に子どもが泣いたら別室にこもって通話しますが、向こうで絶叫しているのをかすかに聞きながらいつも冷や汗…毎日ロボットのように昼寝するわけじゃないし、1日2時間も働けたら万歳です」

 

「2歳頃までは、これは触っちゃダメとか、大事な用事だから10分間待ってね、などと言い聞かせても無理。会社でどうしろというのか」

 

と、育児の大変さが分かっていないからこんな案が出せるのでは?という批判が集まっています。

 

今回、大臣が視察した企業は授乳服のメーカーで、「母乳育児中だから…という理由で女性が働けないのは残念。服や職場環境を整えれば、授乳しながらでも安心して働ける」という方針で以前から子連れ出勤・子連れ勤務を実施。現在も多くの授乳中のママが働いています。

 

しかし、このような職場はごく限られていて、全国の多くの企業では、この企業のように、赤ちゃんに授乳しながらミーティングをしたり、抱っこひもで赤ちゃんを連れて接客したり、ママの電話中に赤ちゃんが泣いたら代わりのスタッフが抱っこして席を外したり…といったことは非常に難しいのが現状でしょう。

 

みんなが赤ちゃんに優しい社会は理想ではありますが、それが整っていない状態でいきなり連れて行ってもまともに仕事ができるとは思えない…というママの不安はもっともですね。

 

子ども自身にとって、勤務先についていくのは幸せ?


朝の通勤ラッシュの混雑は、大人でも時にはケガをするレベル。ここを心配する声はたいへん大きいですが、現状、フレックス出勤が認められている企業は数多くありません。

 

また、職場環境も、安全な子ども用のスペースが完備されているのはまだごく一部の企業だけ。通常のオフィスは子どもが安全に過ごすことを目的として作られたものではありません。

 

自分の職場を思い浮かべてみると、ほとんどの人が色々な危険が潜んでいることに気づくのではないでしょうか?

 

  • 机や什器の角・ガラスなど、頭をぶつけそうな箇所の養生
  • シュレッダーや暖房器具、扇風機などの機器に囲いをつける
  • 受動喫煙を防ぐための全フロア禁煙(服にも有害物質が残るので、休憩時間の喫煙も不可)
  • 引き出しなどにストッパーをつける
  • 誤飲やケガを防ぐため、クリップやボタン電池・ハサミやカッターなどを手の届く場所に置かない
  • 熱いお茶やコーヒーをデスクに置かない
  • ポットや給湯器を鍵付きの別室に移動

 

来客の少ないオフィスであっても、ザッと考えてこのくらいの対策が必要であり、店舗やサービス業ではさらに対策は難しくなります。

 

また、小さな子にとって、不特定多数の大人がいる場所では、インフルエンザはじめ感染症の危険も高まります。

 

ある新聞記事には、子連れ出勤の風景として、ふつうのオフィスの床に毛布を敷き小さな子が座って遊んでいる写真が掲載されていましたが、

 

「トイレに行った土足で大人が歩き回っている床ですよね?考えられない」 と批判の声が上がっています。

 

さらに、保育園では同年代の子どもや愛着形成のできる保育者と一緒に過ごし、情緒や知性を高めるためのカリキュラムが組まれていますが、職場でただ親の側にいるというだけでは、これらは期待できないと言えるでしょう。

 

「子連れ出勤」が実施されたら、職場への影響は?


対して、子連れ出勤の当事者でない人たちからは、次のような懸念も指摘されています。

 

「上司は年配の男性ばかりで、私は20代女性。もし、女性の同僚が子連れ出勤することになったとして、彼女の商談中に赤ちゃんがウンチをしたら…私がおむつを替えろって言われるんですか?」

 

「テレビで男性芸能人が職場のみんなで子どもの面倒見ればいいなんて言っていましたが、もしケガでもさせてしまったら責任取れません」

 

「私は不妊治療中で、正直、他の人が子連れで幸せそうにしているのを見るだけで耐えられません。それをカミングアウトするのも嫌ですし、子連れ出勤が導入されたら会社をやめないといけないのか…」

 

「私は総務の担当ですが、お子さんに万が一のことがあった場合や、逆にお子さんが契約書などの書類や物品を破損した場合、賠償などはどうなるのか…頭が痛いです」

 

パパの子連れ出勤は可能なのか?


少子化担当大臣の報道では「人手不足解消」などの発言からみて、おもに母親が子どもを連れて行くことを想定しているようですが、仕事への責任に男女差はありませんので、当然、パパが子連れ出勤することも考えなければいけません。

 

しかし、今の日本では、子育て世代の多くを占める20代から40代の男性の長時間労働が常態化しており、子どもを連れて夜9時10時まで働くことが果たして可能なのかという疑問も残ります。

 

30代で1歳のお子さんを持つある男性は、 「保育園の迎えや、病気の時の休業を妻と分担していますが、それを理由にボーナスの査定を下げられました」 と話しますが、こういった、育児をきちんと分担する男性へ不利な取り扱いをする職場はまだ非常に多いのではないでしょうか。

 

「子連れ出勤」は、あくまで一つの選択肢


ここまで現状を振り返り、みんなの心配している点、「ヘン」だと感じている点をまとめてみました。

 

しかし、本来、小さい子の居場所が自宅と園しかないという状況よりも、社会のあちこちで安全にのびのびと成長できる環境が増えていくことが、親子ともに望ましいのは確かです。

 

また、子育て世代の働き方についても、保育園に預けて定時に出勤し、フルタイムで人並み以上に働いてやっとキャリアの維持が認められるといった現在の状況は、とても幅が狭いものとも言えます。

 

男女を問わず、在宅勤務やフレックスタイムを組み合わせた勤務できるようにしたり、それをカバーする周囲の人にしわ寄せがいかないような人員配置を工夫すること、子どもが成長して時短勤務から復帰する際のスムーズなサポート制度、企業内保育所の充実など、国の補助金を利用してできることはたくさんあります。

 

その中で、受け入れ環境が整っていて希望する人がいるのであれば「子連れ出勤」も可能…という一つの選択肢として考えるのがベストではないでしょうか。

 

まとめ


短期間でこれだけの批判が噴出するのは、現状、日本の大部分の通勤・職場環境は、子どもが安全に過ごすのに適していないということの表れでもあります。

 

「保育園が足りない」「労働力も足りない」→「だったら職場に連れて行けばいい」といった発想ではなく、それぞれの希望する形での子育てが可能な社会づくりこそが、真に少子化を解消する方法ではないでしょうか。

 

今回の騒動で、多くの人がそれについて考えることで、社会全体が一歩前進することを願っています。

 

文/高谷みえこ

参考:中田宏(元横浜市長)ブログ 「働き方にオプションがあるって、イイね!」(2019年1月29日付) 

朝日新聞デジタル 「子連れ出勤」政府後押しへ モデル事業の補助率アップ