今夏にかけて全国56施設を展開予定の星野リゾートは、2021年の顧客体験価値ランキング(C SPACE TOKYO 202112月発表)で1位を獲得しました。コロナ禍で、2020年のランキング16位から大きく飛躍した星野リゾートが支持される理由はどこにあるのか──。

バックヤードにあった手付かずの木が…

──入社以来、一貫してリゾナーレブランドを担当し、体験型アクティビティのアイディアを多数出していらっしゃいますね。現在はリゾナーレ那須の総支配人を務める松田さんですが、これまでどのようなプロジェクトに携わってきたのですか。

 

松田さん:

2011年12月開業したリゾナーレ熱海の「森の空中基地くすくす」を担当しました。開業前に、集客の独自性をどう出していくかという話があり、前任地のリゾナーレ八ヶ岳でもアクティビティの部署におりましたので、プロジェクトを任せていただき、およそ2年半かけて完成しました。

森の空中基地くすくすのメインとなるツリーハウス

 

スタッフが出入りする裏導線のところに樹齢300400年ほどの大きなくすの木が立っていまして。高さが22.5メートルもある大きなくすの木を活かしてお客さまに何か体験していただきたいと思い、ツリーハウスを作ってくださる方を探して現場を見ていただきました。

 

「大人がリラックスして非日常を楽しめる場所」というアクティビティ全体のコンセプトやサービスの内容も含め、ひとつひとつ準備しました。

ツリーハウスではティータイムなどを楽しむことができる

 

ツリーハウスクリエイターの小林崇さんに制作を依頼したのですが、この規模の木にツリーハウスを作ることはなかなかないとのことでした。リゾナーレ熱海は建物が崖の斜面にあり、木もそこに立っているので、伐採するにも手間がかかりそうな立地でした。だからこそ人の手が触れずに残っていたということもあります。

リゾナーレ熱海に勤務していた頃の松田さん

 

これは主にファミリー向けでしたので、大人の方向けのプロジェクトも任せていただき、「ソラノビーチ Books & Cafe」を作りました。建物の最上階に白砂を敷き詰めてビーチを出現させるというものでした。素足で砂を感じることができ、夜は夜景が楽しめるバーとなります。

 

──松田さんのアイディアが次々と実現していますが、そもそも星野リゾートに入社する動機はなんだったのでしょうか。

 

松田さん:

小学生の頃からサマーキャンプに参加し、高校生、大学生とその運営に携わってきました。アメリカやカナダ、オーストラリアやニュージーランドの短期留学生も全体の2割ほどいまして、国際交流をしながらキャンプを行なっていました。

 

そのなかで、旅先で人と出会う経験や、新しい体験を通じて成長に繋がる思い出を作る時間に魅力を感じており、観光業を志望していました。星野リゾートは、現場での接客やイベントの実施だけではなく、企画立案にいちから携われるという風潮に魅力を感じて入社を決めました。

留学で学んだ「日本人はもっと余暇を楽しむべき」という視点

──入社後に、海外留学を経験されているそうですね。

 

松田さん:

勤続5年を経て、6年目以降に取得できる学習休職制度を利用して2009年から1年半ほどイギリスに留学しました。私のように海外に行く者もおりますし、資格を取得する者もいます。

 

ロンドンでは語学学校に通いながらボランティアやアルバイトをしておりました。チェルシーフラワーショーのチケット販売や、ツアーガイドのお手伝い、飲食店なども経験しました。その後は、スコットランドのグラスゴー郊外のホテルに住み込みでアルバイトをしました。

スコットランド留学中の松田さん(写真上、右から2番目)

 

──留学での経験が仕事のアイディアに繋がる部分はありますか。

 

松田さん:

たくさんの人種の方がいて、いろいろな視点があるのが面白かったです。何より余暇を楽しむことに貪欲な国民性だと感じました。少しでも天気が良ければ外の公園でピクニックをしたり、パブに行って話をしたり。

 

日常の中でしっかりオンオフを切り替えながら人生を豊かにしていくという生き方が素晴らしいと思いましたし、日本人には難しい部分だとも感じましたね。改めてリゾートホテルの滞在は、日本人のお客様にとって貴重な時間なのだと思いました。

 

──日本人は何もしないことや休むことに慣れていないと言われることもありますね。

 

松田さん:

予定をしっかり組まなくても、なるべく滞在中は大らかに余暇を楽しんでいただけるように、リゾナーレ那須では意図的に予約が必須なアクティビティをあまり作っていないんです。朝から夕方まで、いついらしても楽しめますよ、というものを他の施設よりも多くしているのですが、これは留学での経験が生きていると思います。

廃棄牛乳の商品化は立ち話から生まれた

──コロナ禍で誕生した「ミルクジャム」は、業者さんと松田さんの立ち話から生まれた商品だそうですね。

 

松田さん:

朝食に牛乳を卸してくださる方と納品時にバックヤードで立ち話をしていたんです。そこで「コロナ禍で牛乳の消費が落ち込んでいる」という話を、コロナが国内で猛威を奮い始めた2020年3月末頃に伺いました。

 

他のホテルやレストランにも卸していらっしゃる方なのですが、飲食店も営業を自粛していた時期で。先方もチーズやアイスなどに加工はしていたのですが、それを保存する冷凍庫にも限りがあって。この状態がこのまま1か月続くと牛を手離さなくてはならなくなるという話でしたので、急いで動き出しました。

栃木県那須町の牧場を訪れた松田さん

 

生乳のままだとどうしても消費期限があります。加工品にすることで長期保存ができますし、お客様への旅のお土産にもできる。

 

牛のお乳は毎日出ますので、コンスタントに買うことができるのはお互いにとっていい形だということになりまして、週に何リットルという契約にして、その都度ジャムに加工することに。2020年の4月末には実施を決定して動き出しました。

 

リゾナーレ那須にはハーブを育てている施設もありますので、ミントや季節に合わせた桜などのフレーバーをつけようという話も当初はありました。でも牛乳自体がとても美味しいので本来の味を楽しんで頂こうという話になりまして、シンプルに牛乳のコクとキレを楽しんでいただきたくて、シェフのアイディアでちょっとキャラメルのように焦がしを入れたミルクジャムにしました。

完成した星野リゾートのミルクジャム

 

リゾナーレ那須だけではなかなかできないことも、リゾナーレ全体や栃木県内には「界」ブランドも3施設ありますので、そちらと共同することで一定のボリュームを作ることができます。

 

朝食会場で提供するほか、栃木県内の「界」3施設では2020年夏にかき氷のトッピングにも使用しました。

那須、熱海、八ヶ岳のリゾナーレで提供されている「牧場を救うミルクジャムフラッペ」

目指すのはひとり勝ちではなく地域との共栄

──地域の魅力を活かすことにも力を入れているそうですね。

 

松田さん:

旅行に行かれても市街観光はまだ自粛される時期でしたので、20206月〜11月にはご自宅からお部屋までドアトゥドアで楽しんでいただける仕組みを作りました。

 

那須の魅力的なお菓子やお酒、生花店と一緒に取り組んでお部屋の中で滞在を楽しんでいただける「那須ディスカバリーBOX」という宿泊プランです。

 

細々とではありますが、地元の小売店や生産者の方から商品を仕入れてお客様に紹介することで、コロナが終息したらぜひ店舗にも行っていただきたいとの思いを込めています。

 

リゾナーレトマムなどの大きな施設と比べると、リゾナーレ那須はお部屋も43室と限られており、私たちがひとり勝ちするのでは安定的な集客を図る意味では難しいと思っています。

 

その土地の魅力を開発してアウトプットしていくことで、長い意味での集客と周辺地域の魅力アップに繋がると考えています。地域と共栄して、お互いに頑張っていきましょうという気持ちでいます。

 

PROFILE 松田直子さん

2005年星野リゾート入社後、リゾナーレ八ヶ岳ではアクティビティ・ユニットを担当。リゾナーレ熱海で、手つかずだった森を活かしたツリーハウスプロジェクトを立ち上げる。現在は開業から携わったリゾナーレ那須の総支配人に就任。コロナ禍での厳しい運営でも、アグリツーリズモリゾートとして、日々サービスを進化させている。

取材・文 内橋明日香/写真・動画提供 星野リゾート