ドナーのお母さんから寄付された母乳を殺菌処理して、ドナーミルクとして提供する活動を行っている母乳バンク。主に1500g未満で生まれたNICUに入院中の赤ちゃんが利用しています。実際にドナーミルクを利用された方と、ドナーの母親を取材しました。

出産時は意識がない中で、夫がドナーミルクの使用を承諾

奈良県の村島伸子さんは、20196月に長女の陽華(はるか)ちゃんを出産しました。村島さんは妊娠25週のときに少量の出血があったことを不安に思い、かかりつけのクリニックを受診、その後すぐに大学病院へと緊急搬送されました。

 

「このまま出産することになると思います、生きて生まれることができないかもしれないし、生まれても数日の命か、障害が残るかもしれませんと言われました」

 

その後、緊急帝王切開で出産し、陽華ちゃんは一時、心肺停止状態にありましたが、母子ともに一命を取り留めました。陽華ちゃんの出生時の体重は584gで身長は31.5cm、妊娠25週目の早産でした。
生後すぐの陽華ちゃん

 

「出産前に私も危険な状態になり意識がなかったので、病院の先生から夫にドナーミルクの説明があったとのことでした。手術の前に、この子にできる限りのことはすべてしてあげようという話を夫婦でしていたので、夫は、娘の命が助かるのであればきっと私も賛同してくれるだろうとのことでドナーミルクの使用を同意してくれたみたいです」

 

陽華ちゃんは生後3日間ドナーミルクを使用。村島さんの容態が回復したあとは、ご自身の母乳を搾乳していたといいます。陽華ちゃんは、4か月間の入院期間を経て、退院。その後は入院することもなく順調に成長しています。
生後100日頃の陽華ちゃん

 

「生きていてくれる、家族みんなでこうやって生活できていることが奇跡だと感じます。

 

生きるか死ぬかの選択を迫られているなかで、ひとつでもリスクを減らして何かできることがあるならば、ドナーミルクを使用する決断を迷うことはないと思います。助かるための選択肢だったというのが、家族にとってのいちばんの答えです」
現在2歳の陽華ちゃん

 

村島さんは、ドナーミルクの重要性を実感するとともに、妊娠中の母親や妊婦のいるご家族もその存在を出産前に知ってほしいと考えています。

 

「私のように緊急で産む方もいらっしゃると思うので、妊娠中などにドナーミルクのことを知っておきたかったと思っています。意識がないなど、自分で判断ができない状態のお母さんたちにとっては、旦那さんをはじめとするご家族の方も判断できるように、情報として周知してもらえたらとても助かると思います」

早産で、我が子もNICUに「誰かの役に立てたら」

東京都の古谷智子さんは、20212月に次女を出産し、その後母乳バンクにドナー登録をしました。古谷さんは、妊娠中に重い妊娠高血圧症になり、24週で282gの次女を緊急帝王切開で出産しました。

 

「娘のために母乳を絞り始めたんですけど、とても小さく生まれたので母乳が余ってしまって。でもだんだん大きくなって飲む量が増えていくので、搾乳の量はキープしなくてはならなかったんです。

 

主治医の先生と相談して、母乳バンクに登録して産後1か月からドナーになりました。搾乳した余剰分を提供しています」

 

古谷さんは、少しでも困っている母親のために協力したいとの思いで寄付を続けています。

 

13時間おきに8回、搾乳量をキープするために、夜間も起きて絞っているのにそれを捨ててしまうと、さっきの努力を捨てているのかなという気持ちになります。減らす努力をしてもよかったんですけど、誰かの役に立つことができたらと思ったんです。

 

私のようにお母さんの体調面から早産になった方もいらっしゃるし、搾乳を頑張りたくても頑張れない方もいると思います。こういう手もあるからね、というバックアップとしてドナーミルクが広まってくれたら、赤ちゃんもお母さんも助かると思います」

 

母乳バンクのドナー希望者は、現在、全国17の提携病院に直接来院して、問診や血液検査などを行う必要があります。

 

「近くに提携の病院がないと難しいので、ドナーになりたい方もすぐになれない現状があると思っています。たとえば出産する病院で、母乳バンクのポスターがあったりしたら、その存在に気づけるので良いと思います。もっと気軽に助産師さんなどに聞ける環境を作ってもらえたらいいなと感じています」

母乳バンクが抱える問題「ギリギリ存続している状態」

母乳バンクの設立者で、日本母乳バンク協会の代表理事をつとめる昭和大学医学部の水野克己教授は、母乳バンクが抱える課題についてこう話します。

 

「現在、母乳バンクはキャパシティの問題も金銭面での問題もあります。国の支援を受けるため、昨年末に厚生労働省の方と話しましたが、ドナーミルクは血液か、薬か、それとも食品なのかと聞かれまして。小さい赤ちゃんにとっては薬のような役割を果たしますが、薬でもないです。

 

オーストラリアでは母乳バンクは献血の事業団が請け負っていて、アメリカのメリーランド州やニューヨーク州では母乳は臓器に属しているそうで、他の州では食品に属するところもあります。

 

海外の例を日本で当てはめることも難しいですし、母乳がどこに属するかもなかなか決められないのが現状です」

 

水野教授によりますと、母乳バンクにはこれまでにおよそ1500人の個人の方からの寄付でおよそ1000万円以上が集まったとのことですが、母乳の培養検査代や配送料などで年間3000万以上の支出があり、講演費用や企業からの協賛金などを含めてギリギリで存続している状態だと言います。

 

「赤ちゃんのことを思ってくださるたくさんの方がご寄付などで活動を支援してくださっていて、非常にありがたく思っています。赤ちゃんのためにできることをさせていただきたいというメッセージなどが添えられていまして、そういうお言葉がスタッフの励みになっています。

 

これまで寄付や企業の協賛などのおかげでなんとかやってこれたのですが、来年度はどうするべきかをまた考えなくてはなりません。Twitterなどで経営的な問題点を発信しましたら、クラウドファンディングはどうですかとご助言いただいて、これだけの寄附をいただくことができました」

「赤ちゃんの一生を考えて」活動を知ってもらいたい

水野教授は、まずは多くの方に母乳バンクについて知ってほしいと考えています。

 

「お母さんが早産になるとわかった場合、パニック状態のなかでドナーミルクの提案をされても、そこで判断するのは大変だと思います。また、お母さんが意識がない場合などは、お父さんが決めなくてはなりません。

 

お父さんは母乳バンクについて聞いたことがない方が圧倒的に多いです。どんなふうに管理されているかなどを事前に知っていただけると、万が一、必要な場合も受け入れてくれやすいかと思います。

 

赤ちゃんの一生、家族の一生を考えると、母乳が得られない場合にドナーミルクが選択肢としてあるならば、「お子さんには申し訳ないのですが、ごめんなさい今ないんです」とは言えないですし、絶対に言いたくないです。

 

全ての必要な赤ちゃんに届けたいという思いで、ここまで続けております。存続のためにもまずは多くの方に母乳バンクの存在について知っていただくことが重要だと考えています」

取材・文/内橋明日香 写真提供/村島さん