自撮りでお得意のジャンプを披露する「走るおばさん♪」こと小林和世さん(京都・平安神宮)
自撮りでお得意のジャンプを披露する小林さん(京都・平安神宮)
関西のマラソン大会を中心に、派手でスタイリッシュなウエアで元気に駆け巡り、その模様をSNSにアップしている女性ランナーが話題になっています。

 

「走るおばさん♪」こと小林和世さん(自称50代)は、生来の「いちびる」(調子にのる)性格を発揮。

 

最近では「オシャレランナー賞」を受賞したり、NHKなどテレビ番組で紹介されたりするなど、人気者になっています。

 

しかし、つい最近までそんな自分らしさを出すことができず、もがいている時期があったそうです。どんな半生を送ってきたのでしょうか──

レースで歩くことは恥ずかしいことだと

「昨年12月の奈良マラソンは、20回目くらいのフルマラソンでしたが、これまた人生観が変わるレースとなりました。

 

転倒してしまい、肋骨を骨折し、膝をすりむき、走れなくなる場面があったのです。

 

でも、日々の練習の成果で、更新し続けているサブ44時間切り)でフィニッシュをすることができました。

 

今までレース中に歩くことは恥ずかしいことで、自分に負けることだと思っていましたが、今回の負傷で思い切って歩いてみると、意外と爽快でした(笑)」
奈良マラソンでは転倒して、右膝のケガも痛々しかった「走るおばさん♪」こと小林和世さん
奈良マラソンでは転倒して、右膝のケガも痛々しかった

人生をゆっくり歩いてきてもよかった

堂々と自分の弱さを認め、マイナスをプラスに変えて、上を向いて歩くことにしたという小林さん。

 

「給水所では、いつも必ずしていることですが、今回は歩いたり走ったりで余裕があったので、丁寧にボランティアさんたちに、お礼と感謝を伝えることができました。

 

すると、ボランティアの方々から温かいエールをもらい、先まで続く給水場から応援ウェーブが沸き起こったことに心が震えました。

 

“偶然は、準備のできていない人を助けない”という言葉通りだと感じたと同時に、自分の人生と重ね合わせてしまいました。

 

前だけを向いて、がむしゃらに走り続けないで、ゆっくり歩いてきてもよかったのではないかと…」
中学、高校時代はソフトボール部だった「走るおばさん♪」こと小林和世さん
中学、高校時代はソフトボール部だった

第二子を出産後から「生きづらさ」を

Instagramやブログでのハイテンションぶりとは違い、しんみりと語る小林さん。

 

23歳で結婚して、3人の子どもに恵まれましたが長年、女性としての「生きづらさ」を何とはなしに感じてきたそうです。

 

「高校時代は生徒会長もしていて、ソフトボール部で足も速く、本気でオリンピックに出られると思っていたほど“いちびり”な性格でした。

 

でも、26歳で2番目の子どもを産んだころから、家事と育児に追われる自分の生き方に疑問を持ち始めました。

 

私たちの世代は、若いうちに結婚して専業主婦になり育児をする考えが当たり前でしたが、周囲では働く母親や女性も増えてきました。

 

自分も社会との接点を持ちたいと痛切に思いましたが、夫がいわゆる亭主関白。

 

私が仕事をすることや、家庭の外で活動することに、いい顔はしませんでした。

 

私自身も日々の家事・育児にお追われていたので、これが自分の幸せだと思うようにしていました」
3人の子どもを育てあげた「走るおばさん♪」こと小林和世さん
3人の子どもを育てあげた

パソコンにはまり教室を自宅に開講

そんなときに、小林さんが夢中になったのはパソコンでした。

 

3人目が産まれた後に、パソコンを購入することになり、必死にセットアップをしたことで、すっかりパソコンにハマり、初めて自分が好きなものが見つかったと思いました。

 

元々、写真のデサインや加工に興味があったので、育児で時間がないなか独学で猛勉強をして、資格も取りました。

 

パソコン教室で仕事をすることになりましたが、夫からは“あくまで趣味の範囲で”と、家族に迷惑をかけないように釘を刺され、必死に家のことをこなしながらの日々でした」

 

その後、小林さんの自宅でパソコン教室「パソコバ」を開くことになり、これまで100人ほどにレッスンをしてきたそうです。

 

「人間は家族以外の誰かからも必要とされ、人の役に立てることが、うれしいのだと思います。

 

教室の生徒さんにも、私のマラソンを応援してくださる方もいて、子育ての話など、単なるパソコン教室ではない関係を築くこともできています」
パソコン教室での「走るおばさん♪」こと小林和世さん
パソコン教室での小林さん

初マラソンは散々だったが娘には…

その後、40代半ばで友人からの誘いで、何の気なしに「京都マラソン」に出場することになった小林さん。

 

「中高時代は足が速かったので余裕だと思っていましたが、大きな勘違いでした。

 

練習の時点で膝に水がたまり、本番も脚が外れるくらいの痛みに襲われ、こんな世界があるのかと思い知りました。

 

でも当時、反抗期の真っ最中で高校受験を控えていた末娘が、レースで自宅そばを通りかかったときに“お母さん、頑張れ!”と私を応援してくれました。

 

このときは、子どもを産んで本当によかったと実感できる瞬間でしたね。

 

マラソンを始めた私に、夫もほかの子どもたちも喜んでくれました」
名古屋ウィメンズマラソンでも4時間を切ってゴールした「走るおばさん♪」こと小林和世さん
名古屋ウィメンズマラソンでも4時間を切ってゴールした
その後、どんどんマラソンにのめり込んでいった小林さん。

 

後年の京都マラソンではウエアのモニター選手に、大阪マラソンでは情熱ランナーに。

 

神戸マラソンではオシャレランナーに選ばれるなど、「いちびり」は頂点に──

 

夫とはきちんと何度も話し合い、小林さんなりの生き方を認めてもらったそうです。
アプリを使いオンライン上での開催となった大会ではヒゲを描いて“変装ラン”も(左)
アプリを使いオンライン上での開催となった大会ではヒゲを描いて“変装ラン”も(左)

“おばさん”でも全力で人生を楽しめば

新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)すると、マラソン大会は中止に追い込まれましたが、小林さんはあくまで前向きでした。

 

京都の名所をランニングしながら、沢山の人と交流する様子を自撮りして、SNSにアップして、ますます注目の的に。

 

今後はどう「いちびる」つもりなのでしょうか?

 

「マラソンランナーとしてもパソコン講師としても、人同士のつながりをさらに増やしていきたいですね。

 

私のような“おばさん”でも、全力で楽しんで、自分らしく生きていくことで、新しい発見や出会いがあります。

 

自分のすべてを注いだ子どもたちには、“オカンは本当に自分らしく生き抜いたな~”と、笑ってもらえるような生きざまを残すことができたらと思っています」

 

PROFILE 走るおばさん♪

本名・小林和世。うるう年の2月29日、京都府生まれ。短大卒業後就職して、23歳で結婚。3児を育てながらパソコン教室代表に。2015年京都マラソンでデビュー。サブ3.75(3時間45分以内で走るランナー)。

文/CHANTO WEB NEWS  写真/走るおばさん♪