空き容器と義父
80代の義父は、プラスチック容器や紙製品を捨てずに再利用しようとする「もったいない精神」の持ち主です。

 

ものを大切に使う、それはとても素晴らしいことなのですが、困ったこともたくさんありまして…。

「とにかく捨てたくない」義父

我が家の義父は、とにかく整理整頓が大好き。

 

それも、ものを減らしてすっきり暮らすというのではなく、とにかく今あるものを何でも分類し、容器にしまい、ラベルを貼って収納できれば満足、というタイプ。

 

そのために、ちょっと厚手のよい紙でできた菓子箱や、洗って再利用できそうなプラスチック容器は決して捨てたがりません。

 

それもエコでいいことなのでは…と当初は思っていましたが、だんだんと増えてくる義父所有の容器の様子を見るにつれ、ものには限度がある、と思うようになりました。

 

まず、収納の効率が悪すぎるのです。

 

何でも取っておくので、平べったい海苔の缶から円筒形の茶筒のような紙箱、楕円形のクッキー缶からふたつきのオードブル容器まで、その形は実にさまざま。

 

棚に並べても雑然として決して美しく整頓されている感じではなく、サイズが揃っていないので明らかに無駄なスペースが多いのです。

収納は「何か入れるものない?」から始まる

また、「これをしまうケースが欲しい」ではなく、「この容器は捨てるのがもったいないから、何か入れるものがないか」という動機づけのため、本来ならばとっくに処分するような、子どもたちの学校の手紙、もう遊ばない古いおもちゃ、どこにしまっていいかわからない雑然とした雑貨、食べ残した古いキャンディ類などが容器にしまわれ、長期間保管されることになるのです。

 

これでは良くない。

 

勇気を出して義父に、「結局場所の無駄にしかならないのでは…」と遠慮しながらも伝えました。すると義父は、自分の仕事を軽んじられた悔しさからか、ムキになって無駄なスペースをなくそうとまるでパズルのように、戸棚の中にリサイクル容器たちをぎゅうぎゅうに詰め込みはじめたのです。

 

違う、そうじゃない…。

 

結果として我が家の居間にある戸棚は、余計に奥の方の視認性が悪くなる始末。賞味期限の切れたふりかけやティーバッグ、小袋の菓子、三年前の業者からのDMハガキなどが詰め込まれた魔窟がいくつも誕生することになったのでした。

空き容器を巡る攻防が一周回って…

これはもう、丈夫な容器が悪い!捨てるのがもったいないと義父に感じさせる容器があるのが悪いのだ!

 

最近そんな境地に達した私は、めぼしい容器が我が家にやってくると、義父の目に触れないうちに、紙箱はつぶしてたたみ、プラ容器はゴミ袋の奥につっこみ、秘密裏に処分するようになりました。

 

しかしそれも万全ではありません。マメな義父のこと、ゴミの処理の際など、私が闇に葬ったはずのプラ容器を「こんないい容器もったいないよ!」といつの間にか拾い上げてきれいに洗っていたりします。

 

先日は駄菓子屋サイズのスルメスティックのプラスチック容器に、娘が小学校の校庭で拾ってきた松ぼっくりを詰め込んでいました。蓋を開けると、松ぼっくりのほのかな針葉樹のアロマと、洗っても取れないスルメの臭いが入り交じり、思わず顔を背けたくなります。

 

やめてほしい。そのへんに転がっている不要物なら処分もすぐにできるのに、箱に入れてしまうとなんとなく捨てにくくなって、年単位で保存されてしまうから本当にやめてほしい。そう切に願う同居嫁です。

 

最近では私はついに、なるべく無駄なプラスチック容器に入った商品を買わないように心がけるようになりました。あれ、もしかしてこれってエコなのでは…?

 

一周回ってSDGsに貢献している、義父の飽くなき“もったいない精神”でした。
文/甘木サカヱ イラスト/ホリナルミ