軽度の知的障がいをもつ主人公・有紗の恋愛を描いた『初恋、ざらり』。SNSで話題となり、多くの共感を集めている漫画です。主人公が直面するのは、障がいのせいで自分に自信が持てない現実と、社会で感じる生きづらさ。
作者のざくざくろさんは、過去には「自分を否定しながら生きていた」といいます。彼女の漫画は、なぜたくさんの人の心に響くのか。その理由を探るため、これまでの生き方について伺いました。
不登校と過食に苦しんだ中学時代
ざくざくろさんは、ADHDと軽度のアスペルガー症候群とともに生きています。診断されたのは30歳になってから。それまでの長い間、自分を受け入れられないでいました。「自分には価値がない」。子どものころからそう思っていたのです。
中学1年生の頃からは不登校が始まります。もともと集団行動が苦手だったざくざくろさんは、唯一仲の良かった女友達が転校したことで学校に行けなくなりました。
自宅にこもっていたせいで太ったことを気に病みダイエットをするも、そのストレスで過食を繰り返すことに。痩せていて男性にモテてこそ女性の価値だと思っていたことで、「太っている自分には価値がない」と自分に自信を持てないでいました。
不登校だった中学時代について、ざくざくろさんはこう振り返ります。
「当時はとにかく今の自分から逃げたくて。学校を休んでいる間に、痩せて男性からもモテる自分へ変身しようとばかり考えていました。
一方で家では『学校に行きなさい』と言われ続けていて…家にも学校にも居場所がなかったんです。ダイエットをしてもストレスで食べすぎてしまう日々。太っている自分に絶望していました」
「私をもっと愛して」消化できなかった母への思い
通信制の高校から全日制の高校へ編入したざくざくろさん。ダイエットには成功しますが、大人になってからも自分を肯定できないでいます。
そんな状況から抜け出せたのは、ある人との出会いがきっかけでした。現在の夫であるシュヌスさんです。
シュヌスさんとの関係を築くなかで、長年苦しんでいた「自分には価値がない」という思いを見つめ直すことになります。その根底にあったのは、お母さんへの思いでした。
「4歳差の姉と2歳差の妹がいるのですが、母には自分につねに一番たくさんの愛情を注いでほしいと真剣に思っていました。
とはいえ、わが家は祖父母と同居で、父は仕事で連日深夜帰り。家事や子育ては母がほぼ1人でしている状態で。『もっと』『もっと』と母に愛情を求めても、望むようにはかまってもらえず、『お母さんはうちのことキライなんや』とがっかりする…その繰り返しでした。
母は母なりに私たち姉妹を平等に愛してくれていたと思うんです。でも、当時の私は我慢している気持ちが強くて、いつも愛情に飢えていました。毎日癇癪を起こしていたので、母は大変だったと思います。でも、当時はとにかく自分だけを見ていて欲しかった」
親子の関係を少しずつ冷静に見つめ直せるようになってきたころ、お母さんのがんが発覚。余命宣告を受けた約8か月後に息を引き取ります。ざくざくろさんは病室の簡易ベッドで寝泊まりしながら最期を見送ったそうです。
「妹が看病をほとんど引き受けてくれていました。私は何をどうすればいいかわからず、そばにいることしかできなくて…。病身の母に対しても、最後まで『うちだけを愛してくれたらいいのに』という気持ちは拭えませんでした。ただ、シュヌスがいつも近くにいてくれたことで、なんとか気持ちを保てていたと思います」
暴れる新婚生活の末「発達障がい」と診断
母親の他界後も、気持ちが不安定な日々が続きます。四十九日を待ってシュヌスさんと結婚してからも、自分の感情をコントロールできないでいました。
「シュヌスと結婚できたことは本当にうれしかった。それなのに、私は毎日暴れていました。思い込みだったり嫉妬だったり…。それでもシュヌスはいつも味方でいてくれたんです」
癇癪を起こし続ける妻を見て、「病院へ行こう」とメンタルクリニックでの受診を勧めたのはシュヌスさんでした。そこで「ADHD」と「軽度のアスペルガー症候群」と診断されます。
当時の思いについて、Twitterでこんなふうに綴っています。
30歳で発達障害て診断されたとき、赦し(ゆるし)を得た気持ちになった。努力しても色んなことができなかったの、自分のせいじゃないんだって何かから解放された。
診断を受けたことで、「いい意味で諦めることができた」そう。
「学校や仕事でうまくいかなかったことが、うちのせいじゃなく脳のせいだったんやと思えたんです。それならどうしようもないなと」
発達障がいと診断されてからは、シュヌスさんとの毎日にも変化が現れ始めました。
「自分には価値がないから母親から愛されない」。子どものころからのそんな思いも、シュヌスさんがどんな自分でも受け入れてくれると感じられたことで、「やっと“自分だけのお母さん”を見つけた」と安心できたそうです。母への思いを消化するように、シュヌスさんに甘える日が続きました。
「まるでシュヌスに育て直してもらっているような感覚でした。『お母さんに愛されている』と思えてきて、『自分はここにいるだけでもいいんだ』と気持ちが落ち着いたんです。このときから自分が大きく変化したような気がします」
…
発達障がいがあるとわかったからこそ、自分を受け入れられ、本当の意味でパートナーに心を開けるようになったざくざくろさん。次回は、彼女の思いや経験も活かされているという創作漫画『初恋、ざらり』について、また今の気持ちとこれからについてお話を聞きます。
PROFILE ざくざくろさん
滋賀県在住の37歳。2017年からSNSにエッセイ漫画の投稿を始めたことがきっかけで、プロの漫画家へ。著書に『初恋、ざらり』(コルク)、『痩せてる女以外生きてる価値ないと思ってた』(ぶんか社)などがある。
Twitter:@timtimtooo Instagram:zakuzakuro04
取材・文/高梨真紀