新型コロナウイルス感染拡大を背景に、経済的な理由などで生理用品の購入が困難な女性を支援する動きが全国の自治体を中心に広がっています。
明石市では、2021年4月1日から生理用品サポート事業「きんもくせいプロジェクト」をスタート。市内の小中学校と一部の高校、男女共同参画センターや市の相談窓口などで生理用品の無料配布を始めました。
今回の生理用品サポート事業では、無料配布から各支援につなげる相談事業に力を入れていることも特徴です。今後も支援を拡充していく方針を明らかにしている明石市の取り組みついて、生理用品の無料配布が行われているその背景や仕組み、効果などを泉 房穂(いずみ ふさほ)市長にうかがいました。
男性には経験がない。市長として反省した
── 生理用品サポート事業「きんもくせいプロジェクト」について、取り組みを始めた背景を教えてください。
泉市長:
まず大前提として、明石市では、市民の声にしっかりと継続して応えていくまちづくりを推進しています。たとえば子育て支援では、第二子以降の保育料の完全無料化、中学校給食の無償化、こども医療費の無料化の対象を2021年7月より高校3年生まで広げるなど、子どもを中心とした制度を定めています。
これらはすべて、市民のニーズを形にしたものです。市民の聞こえにくい声こそ聴くべきだという考えが根底にあります。
私が市長に就任してから今年で11年目ですが、今回の生理用品サポート事業は、これまで市長をしてきたなかでもとくに反省しているテーマです。自分自身、男性ということで経験がなく、気づきにくかったのです。
── この事業のきっかけとなる出来事はあったのでしょうか。
泉市長:
2021年の年明けごろから「生理の貧困」に関する報道をたびたび見聞きするようになったのがきっかけです。私自身がそれまで気づけなかったことを反省し、とても重要な問題として事業化の検討を始めました。
まず、明石市役所の各部署でいつも政策立案を担っている女性職員4~5名に集まってもらい、相談をしました。そこで「現場の声を聴こう」という意見が出て、市内の学校の保健室の養護教諭の声をヒアリングしたんです。
── どんな声が寄せられたのでしょうか?
泉市長:
学校の保健室では生理用品を常備しているものの、使用後は新品を返すことが一般的なようです。でも、親子の問題や経済的な状況などが理由で「親に言いにくい」「買ってもらえない」と、生理用品を購入することが難しい子もいると聞きました。そこで「もうこれはすぐせなあかん」と制度を設計し、まずは保健室に配布することから始めました。
最初の時点で長期的な予算を組んで、継続的な対応にしていくことも決めていました。しっかりと市民のニーズに寄り添うためには、ただ生理用品を無料配布して終わりではなく、その背景にある課題にも対応することが必須です。生理用品の無料配布から幅広い支援へとつないでいくことが重要だと思っています。
「市長はわかっていない」と職員から指摘されたことも
── 明石市の対応は非常にスピード感がありました。生理用品のニーズに対しては職員の方々も早いタイミングで認識を深め、動かれていたのでしょうか。
泉市長:
基本的に、行政は誰の顔を見て仕事をするかだと思うのです。私は「市民の顔を見て仕事をする」と言い続けていますし、職員もそう思っていると感じます。
国や県、隣のまちを見るのではなく、市民が求めているなら、全国初の政策だったとしても迷わずおこなう。この10年間、そういったまちづくりをしてきました。でも、生理用品は経験のなさからわからないことばかりだったので、男性として限界を感じましたね。
── 男性としての限界…ですか?
泉市長:
政治行政では男性中心になりがちで、女性が少ないのが現状です。この状況こそ日本で生理用品サポート事業のような女性のための政策が進まなかった原因だと痛切に感じました。
たとえば、生理用品サポート事業のネーミングにしても、私が考えたものは職員たちに却下され、「市長はわかっていない」と言われて(苦笑)。誰でも気軽に言葉にできるように、明石市のシンボルの木の名前を取って「きんもくせいプロジェクト」としたのも、女性職員の提案です。
相談窓口でも当事者がカードを提示するだけで生理用品を手渡すという当事者目線の工夫をしています。これらは担当職員たちが知恵を絞ったものですが、私にはそういった提案はなかなか難しかったです。
── 当事者目線の対応のために、普段からどのような工夫をしているのでしょうか。
泉市長:
ひとつは市民からの意見箱ですね。1週間に50~60通くらい市民の方からの要望の手紙が届きます。毎週そのすべてに目を通し、次の日には要望に合わせて対応するようにしています。図書館の温度設定からトイレの石けん設置まで、細かい注文にも応えますよ。
職員から市長宛ての意見箱もあって、待遇面などの意見が寄せられることもあります。そういった場合は担当の課に相談しながらできることから対応しています。
私の一貫した姿勢は、市民も職員も認識していると思います。特に、市民からの意見箱は言葉のキャッチボールになっていますよ。要望に応えると、後日「市長さん、さっそくありがとうございます」と書かれた手紙が意見箱に届いているんです。
何かあったときは市長に言えば聞いてくれる、職員もすぐ市民のもとへ駆けつけてくれる。明石はそういうまちだと市民には褒めてもらえています。
── 職員の方もスピーディに動かれている姿が想像できました。
泉市長:
そうですね。大きな方向性は私が決めますが、その後の進め方は基本的に現場の職員たちにまかせています。市民のためであればチャレンジングであってほしいと思っています。失敗を恐れて何もしないより、一生懸命取り組む中で失敗するほうが大事だと思いますから。
── 「きんもくせいプロジェクト」は4月の無料配布、5月の相談窓口の拡充と、取り組みを段階的に拡大しているそうですね。
泉市長:
はい。明石市の様々な政策は海外の取り組みを参考にしています。今回の生理用品サポート事業は、ニュージーランドの施策からヒントを得ました。ニュージーランドでは2021年6月から、学校に通うすべて子どもへの無償提供が始まったんです。
一方、スコットランドでは大人を含めたすべての女性を対象にしています。行政区としては、すべての女性を対象にすると市民に限定することが難しく導入が困難なので、ニュージーランドのようにすべての子どもを対象に無償化したい。これは制度化を決めた当時から考えていることです。
生理のときは生理用品が必要になるだけではなく、体調に影響が出る女性も多いですよね。生理用品が無料で配布されたとしても、体の負担は結局変わらない。女性にとってはアンフェアな状況が続いているのだから、せめて経済的な負担は軽くしたいという思いです。
他の部署や地域からも提案が上がるように
── このような取り組みが増えたことで、私自身「生理用品」という言葉を普通に使いやすくなったと感じます。取り組みを始めて以降、市役所内での変化や目に見える効果はありますか?
泉市長:
あります。事業づくりに携わっていなかった部署からも、「うちの部署にも置いてはどうか」「こういうところにも配布しては?」などの提案が一気に増えました。
たとえば、生活支援の窓口などでは必要な方に配布するようにしていますが、現場から声が上がり、配布場所を徐々に拡大しています。各配布場所では、予想より多くの人が利用しているようです。
市が運営している子ども食堂でも、家庭の事情はある程度把握しているため、適宜子どもたちに渡しています。各部署からも地域からも声が上がってきて広がりを感じているので、私としても手応えを感じています。
生理用品のサポートを通して、女性のアンフェアな状況を変えたい
── 「きんもくせいプロジェクト」として、今後はどんな取り組みをしていく予定でしょうか。
泉市長:
今年4月の生理用品の無料配布から始め、まずは配布場所を広げ、各相談窓口や就労支援につなげました。7月には公立高校の女子トイレでの常備を始めるなど、段階的に拡充しています。高校での対応が継続できると判断できればさらに拡充し、次は小・中学校で女子トイレに常備することを視野に入れています。
この一連の施策が安定すれば、すべての学校で対応可能になります。早ければ2022年度から、子どもたちがトイレに行きさえすれば、生理のときに気がねなく生理用品が使えるという状況が実現すると思っています。
将来的には、生理というテーマについて、すべての女性のアンフェアな状況を是正したいですね。今後も、男性目線での行政ではなく、女性目線を重視しながら知恵を絞っていきたいと考えています。
…
生理用品に対して泉市長が課題感を持ってから数か月で制度化するなどスピード感ある対応をみせた明石市。そのベースには、市民の要望にすぐに応える姿勢とその積み重ねによって得た市民からの絶対的な信頼があるようです。
明石市では、生理用品サポート事業のほか、ひとり親家庭の支援など、独自の方法で市民に寄り添う支援を行っています。次回は、なぜそこまで熱意を持って取り組めるのか、引き続き泉市長にうかがいます。
Profile 泉 房穂(いずみ ふさほ)さん
1963年、明石市にて漁師の長男として生まれる。明石市内の小・中学・高校で少年時代を過ごし、東京大学へ進学。NHKにてディレクターとして番組制作を行った後、弁護士に。明石市内で法律事務所を開設、庶民派弁護士として活動する。その後は衆議院議員を経て再び弁護士として活動し、2011年より明石市市長に就任。社会福祉士の資格も保持している。妻、娘、息子の4人家族。
取材・文/高梨真紀