共働き時代に合った私らしい生き方・働き方を模索するCHANTO総研。
子育て中の社員が一定期間、就業時間を短縮できる「育児時短勤務制度」は一般的ですが、こうした制度を活用するママからは、自分だけが早く退社することに引け目を感じるという声も聞かれます。
そんな中、広島市内を中心に電車・バス・不動産事業を展開する広島電鉄株式会社では、2017年に誰でも申請すれば時短勤務ができる「短時間正社員制度」を導入しました。現在、様々な事情を抱える社員がこの制度を利用して仕事を続けているといいます。人財管理本部の酒井さんと岡田さん、秘書室の前田さんにお話を伺いました。
PROFILE
誰にでも利用できる短時間正社員制度!
──御社の「短時間正社員制度」は子育て中の社員に限らず、誰でも利用できるそうですね。理由は本当に何でもいいのでしょうか?
岡田さん:
理由は本当に何でも大丈夫です。
短時間正社員制度を利用する場合は、申請書を提出してもらうのですが、どんな理由でもお断りすることはありません。理由も書いてもらいますが、それは上長として事情を把握しておいて、ほかに支援できるものがあればサポートできるようにするためです。
乗務系の職場は電車やバスのダイヤに沿ったシフト勤務になるので、シフト調整をする管理者の負担を考慮して、3か月前までに申請してもらうようにしています。
──実際に時短勤務を利用する人は子育て中の方以外にもいらっしゃいますか?
岡田さん:
そうですね。これまで時短勤務をしている人は、20〜60代と幅広く、理由も子育てや自身の病気、身内の介護、体力的な問題、家庭の事情、学業など様々です。弊社の従業員は40代後半〜50代後半の男性社員が多いということもあり、時短勤務をする人も人数的には中高年の乗務員が多くなっています。
事務系社員は、時短勤務をする人もいますが、現在は時差出勤や在宅勤務なども併用できるので時短勤務しなくても子育てと両立できるようになったという声が聞かれます。
前田さん:
私は、育休明けすぐの頃は短時間正社員制度を利用して1時間短縮して勤務していました。幸い、私の周りには子育てに理解のある人ばかりだったので、仕事がしやすい環境でした。そんな中でも、周囲にはできるだけ自分の事情をオープンにするよう心がけていました。
私は9時〜17時で勤務していたのですが、当時は1時間単位で取得できる時差出勤があって、8時〜17時で勤務する人と退社時間が一緒になるため、先に帰ることに抵抗はありませんでした。現在はフルタイムで勤務していますが、時差出勤なども使いながら、周囲のサポートもあるため、無理なく勤務することができています。
──育児だけでなく、様々な事情で時短勤務する人がいると、お互いが思いやれそうですね。取得期間や勤務時間について、何か決まりはありますか?
岡田さん:
取得期間は3か月以上としていますが、上限は設定していないので、半年間とか1年間など、本人が希望する期間で時短勤務できます。
勤務時間については、本人から希望を聞き、会社で用意できる働き方を検討し、本人と話をしながら決めていきます。また、雇用保険の関係上、週の労働時間が20時間を切ってしまうと雇用保険の対象から外れてしまうので、週の労働時間は20時間以上になるように設定することを原則としています。
細かい時間設定については個別に相談となっていますが、1日の労働時間を短くするパターンと、週の労働日数を減らすパターン、そしてそれらを併用するパターンがあります。
弊社は従業員の割合として乗務員が多いのですが、例えば育児中の乗務員であれば平日9時から15時までのダイヤに固定で乗る(休憩1時間、実働5時間)というように勤務している人もいます。
回数制限もないので、第1子、第2子でそれぞれ時短勤務をして、フルタイムに戻ったあとに親の介護のために再度時短勤務をするということもできます。
少子高齢化時代の人員確保にもつながる多様な働き方
──誰でも時短勤務にできることで、いざという時にも辞めずに仕事が続けられるという安心感があって、長く働き続けられそうですね。そもそもなぜこのような制度を作ったのですか?
岡田さん:
ひとつには、育児や介護のために時短勤務を希望する従業員が出てきて、今後もそういった従業員は増えるだろうと予想されたことがあります。短時間正社員制度導入以前にも、短時間勤務制度はありましたが、育児目的でしか利用できないことに加え、子が3歳になるまでしか利用できないものでした。
そしてもうひとつは、少子高齢化が進む中で、今後も人材をしっかりと確保していくためです。弊社では鉄軌道事業やバス事業といった公共交通事業を営んでいますが、優秀な人材の安定的な確保が課題となっていました。
そこで、短時間正社員制度と同じタイミングで最長70歳まで働ける「シニア社員制度」も導入しました。労働時間が短くなったとしても、子育て中の社員や仕事のスキルを持ったシニア社員を活用することで、労働力の確保につなげるとともに、多様な働き方を職場に浸透させることができると考えたのです。
シニア社員の活用については、年金の受給開始年齢が引き上げられていくのに合わせて、定年後の収入を確保する必要が出てきたため、70歳まで働けるようにしたという背景もあります。
この2つの制度の活用によって、保育園の送りなどで育児中の社員が働けない朝のラッシュ時はシニア社員に勤務してもらい、そのあとの時間帯は育児中の社員が勤務する。フルタイムの社員も双方をカバーするというように、それぞれがカバーし合って多くの人材を活かせるようにしています。
酒井さん:
シニア社員については、多くが乗務員であることから、本人の希望と会社が準備できる仕事のバランスを鑑みながら、労働条件を個別に決めており、1日実働4時間の週5日勤務や、1日実働7時間の週3日勤務等で働いている者が多いです。人間ドックや脳ドックの周期を短縮し、上長や産業医との面談も行い、健康で勤務に問題がない人に乗ってもらっています。
──それぞれ事情の異なる社員がお互いにカバーし合えるのはいいですね。年金問題も人材不足も解決できて、社員と会社の双方にメリットがあるんですね。よく、時短勤務をするとキャリアとか給料に影響が出るという話も聞きますが、御社ではいかがですか?
前田さん:
キャリアについてはないと思っています。仕事内容もフルタイムの人と同じこと、変わらない仕事を任せてもらっていましたので。ただ、短い時間でそれなりの業務量をこなさないといけないので、時間の使い方や業務の効率化などの工夫が必要になりますね。
ときには周囲へ助けを求めることもあります。普段から思ったことは言えるような人間関係を築くことも大事なことだと思います。特に育休明けの社員は、育休中ある意味社会から離れ、出産育児と休む暇もなく日々子どもと向き合っていた人がほとんどだと思うので、復帰後に仕事の感覚などを取り戻すのに時間がかかる人もいるでしょうし、子育てしながら働くので育休前と同じ働き方は基本的にはできないと思います。皆がそうとは限らないかもしれませんが、育休明けの社員にはこういったこともあるんだという理解を会社全体に広げていくことも大切かなと思います。
時短で働く社員だけでなく、時差出勤や在宅勤務など、今は様々な働き方があるからこそ、お互いが意識的にコミュニケーションをとることが大事ですね。こういった様々な制度や働き方ができることで、キャリアを諦めることなく仕事を続けることができるのはとてもありがたいです。
酒井さん:
給料は、実働6時間の場合、単純にフルタイム(8時間)から2時間分が引かれる形になります。ボーナスはフルタイム時の8割に減じた上で時短している分が引かれます。フルタイムになればもとの金額に戻るので、時短勤務だからといって基本給が下がるとか、そういうことはありません。もちろん、昇給や昇格にも影響はありません。
制度導入当初に比べたら、多様な働き方への理解はかなり浸透してきたと感じます。でも、乗務系の職場では、どうしても時間を埋めるという働き方が求められるので、シフト調整する管理者や、周囲の乗務員の理解がなかなか進みきっていない部署もまだあります。
でも、これまで100の仕事をしていた社員が、0になるのではなく60の仕事でも会社に残って働き続けてくれる、そして将来的にまた100に戻れるかもしれない。さらに、これは決して他人事ではなく、誰しも病気などで100は働けないけど60は働けるという状況になる可能性もあります。「相互扶助」という観点でも、さらに理解してもらえるよう、人事として今度も努力していきたいと思っています。
…
育児をしながら働くことは、時間的にも精神的にも体力的にも、本当に大変なことです。だからこそ、“ママだけが特別”ではない広電の「短時間正社員制度」は、引け目を感じることなく、無理しすぎずに働き続けることができる制度だと感じました。
そして、この時短制度はすべての社員が長く働き続けられる安心材料にもなっていると感じました。
取材・文/田川志乃